ストーリーズ・イン・シークレット

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66 コンタクト


 パーテーションで仕切られたアルコールの匂いのする広いフロアの片隅に彼はいた。薄い水色のガウンに包まれた彼はまるで蝶のさなぎを私に思い出させてくれる。死んでいるかの様に、でもその内側は息づいていて。透明な酸素マスクのその内側には彼のゆっくりした呼吸に合わせて白く霧ができる。
“すぅ、はぁ”
と。その
“生きている”
証拠が痛々しく。それでも彼が向かう先に
“死”
は見えない。血糊のこびりついた髪の毛の生え際、かすり傷の頬。それから時々動くのど仏。まるで私の存在に気がついたかの様に閉じられたまぶたがぴくりと動き。上手くは言えないけど、確かに彼は生きている。勝利が目を開けた瞬間、そこには痛みやこの圧迫した空間が広がってはいるけれど、奈落の底を覗き込む絶望感は無い。多分彼はその事に気がつかず、起きてしまったこの悲惨な状況を嘆くと思うけど、私は知っている。彼は死を逃れた。その幸いがいかに大きいか、私は経験的に知っていた。
 その時突然三つ向こうのブースで激しいアラームの音が聞こえた。あまりにいきなりで私は飛び上がってしまったけど、その一方で医師も看護師もため息まじりで奇妙な落ち着きを見せていた。
「もう限界ですかね」
響いた呟きと、処置をする金属音。
 勝利に目を戻すと彼の心拍数は66のまま緩やかなリズムを刻んでいた。もしかしたら。その起こらなかった現実に頭の中がぐるぐると回った。もしかしたら今頃、勝利は別の場所に安置されていたかもしれない。もしかしたら。勝利と並んでその隣りには天仁がいたかもしれない。その
“起こらなかった事”
に感謝をしながら、でも目の前にある犠牲の大きさは変わらず私の胸にのしかかって来た。

「ご心配されたでしょう」
柔和な顔のその人はまるで私の不安を熟知しているかの様にそう言った。
「でももう大丈夫ですよ。それに命に別状は有りませんから」
そして微笑みさえ浮かべた。
「頭を打ち付けて切っていていますから血が沢山出ている様に見えますが、中の方は大丈夫そうです。現在の所CT画像上に異常は有りません」
紙袋の中から取り出されたフィルム。後ろから照らされる壁にかかったボード。
「分かりますか?」
見せられたそれを頭の写真だって事以外まるで分からず
「はぁ」
と頷き
「キレイです」
の言葉を聞く。
「これは頭の中の映像でして。見ての通り、余田さんの頭の中に現状的に異常を見つける部分は有りません。ただここ」
その人は円の一番外側の膨らみを指し
「ここはいわゆるたんこぶだと思って下さい」
と言った。
「頭蓋骨の外ですし実際ここは切れてしまっています。ですがこの場合、心配なのは反対側」
円の対面を指し
「頭を打った場合、打った場所の反対側の脳が潰れる事が怖いのです。ですが今現在、腫れて来る兆候は有りません」
そこでふと私の顔を覗き込んだ。
「大丈夫。亡くなったりはしませんから」
私の顔、どんなだったんだろう。
「はい」
答えながら体の緊張が取れる事は無かった。医師はさも分かった様な表情で続ける。
「受傷後24時間は安静にして要監視下に置きますが、それ以降は整形外科で治療を受ける事になります」
それによると勝利は右の肩と右の腕、それから右の肋骨にヒビが入っている状態らしい。飛び出した天仁と、あの子を抱え守ろうとする勝利。目に見える様だった。天仁の体に腕を回し覆い被さりながら、体を低くし、右の体で車の衝撃を受ける、わざと。あの子のクッションになれる様に。抱え上げる余裕が無いから、いっその事とその体を犠牲にし。
「どうしても安静が必要なのでギブスを巻いていますが、1週間で外す所まで行くと思います。」
医師はそんな私に気づかずにっこりと笑った。
「24時間経過しないと絶対に大丈夫だとは言い切れませんが、今の時点では安心してもらって良いですよ」
その落ち着いた口調に
「ありがとうございます」
他に言葉がなくそう言った。視線が下を向き、診察室の薄汚れた床を見ながらふと医師が履いているスリッパに目が留まる。僅かな血の跡。つまり、最初はこの人が話す位安定した状況ではなくて、やっぱり彼は死ぬかもしれないって状況だったんだって思った。ただ紙一重。彼は助かって、こっちの側にいる。その幸運にはたと気がつき、
「もう面会できますよ」
と眼鏡を直しぺたぺたとスリッパをならしながら立ち去るその後ろ姿に
「ありがとうございます。」
私はもう一度、深く頭を下げていた。
「助けてくれて、本当に、ありがとうございます。」
涙で目の前が潤むから、その頭を上げる事は出来なかった。

 彼は生きている。その安心感に包まれたのもつかの間。まるで冷凍保存されている人間みたいに彼は動かない。それは私に
“脳死”
という言葉を連想させてくれた。でもさっきの看護師さんの言葉によると、意識はきちんと戻っていて、多分今は疲れて休みたいのだろうとの事だった。だから見るだけにして欲しいと。
 話しかける? その事に私は疑問を感じた。だって、話しかける言葉が無いから。
『大丈夫?』
なんて、声をかける? それはおかしい。だって、大丈夫じゃない事位、分かってるし。
 私は何も考えないまま、それでも彼の顔を見たいと言う気持ちは押さえきれず、足音を消しながらそっと近づく。昔よりも肌の色が少し黒くなり、眉毛も心持ち太くなっている。それから右側の口元にだけそれと分かるしわが有り、
『勝利』
思いがけずそう呼びかけそうになり口をつぐんだ。私達の縁は切れていて、こうやって彼が天仁を助けてくれたのは本当に偶然で、お互い元の
“関係のない関係”
に戻るのが、もしかしたら一番の幸せかもしれないと感じたからだ。彼は私がここにいる事なんか知らない。何も言わずに私が去ればこの人が私を思い出す事も無いだろう。彼の規則正しい寝息を聞きながら今日はこれで引き上げるのが良いのかもって思った。ついさっき勝利のお兄さんと名乗る人からメールが有り、あと30分程で病院に着けると言う。その人に貴重品を返し、私の事は言わないで欲しいと言って帰れば良い。そう決めて私は体を引いた。その時、不意に彼のまぶたが持ち上がり、ぼんやりとした瞳が私を捉えた。
「涼子?」
マスク越しで怪しいけれど、彼の声は確かにそう聞こえ。
「済まない」
私には理解できない言葉が彼ののど元から絞り出された。
『済まない』
と。それはどんな意味が有るのか、何が済まないのか、私にはまるで分からない。立ち止まり唖然としながら彼を見つめるけれど、その顔を覆う酸素マスクの中は白く濁っていて表情が読めない。思わず首を傾げてしまった私に、勝利は緩慢な仕草で左手を持ち上げ酸素マスクを外すと、もう一度、今度ははっきり聞こえる声でそう言った。
「済まなかった」
その目は真っ直ぐに私を見据え、自分が何を言っているのかはっきりと分かっての事だった。
「嘘でしょう」
迷いの無い彼に対して、私の方は正反対で彼の本心が分からず戸惑う。その気持ちが表情に出てしまったんだと思う。
「二度と会わないって約束したのに」
小さな声が追いすがる。
「済まない」
と。それは最後の日にした決め事だった。この期(ご)に及んでも彼はあの日の約束を守る事に決めているらしい。
「だから、ゴメン。」
彼の指先が酸素マスクから外れ、疲れた様に胸に落ち。それでも彼はその先を続けようとした。
「涼子に謝らないといけない」
もういいからって思った。本当だったら
『子供は無事か?』
って聞くものだと思った。折角自分が助けたんだ。助けたくって助けたんだから、あの子の事が心配なはずなのに、それなのに彼は私の事を言う。
『済まない』
と。そんな事どうでも良いって思った。
「あんたって、本当に馬鹿ね」
思わずそう言って彼の方に歩み寄る。するとほんの60センチ先の彼の顔が
「そうだね」
と言い唇を噛んだ。勝利のまぶたは膨れ上がりまるで涙をたたえているかの様な表情で。でもそれが表面に湧き上がる事はなく、まるで泉の様にせり上がったそれは彼の体の内側に向かって流れ込む様に落ちてゆく。その表情を私はどこかで見た事が有ると思った。その記憶を探り、ある木像に辿り着く。阿修羅像だ。しばらく前にテレビや雑誌をにぎわせた国宝の阿修羅像。私は街で展覧会のポスターを目にしてことぐらいしかなく本物を見た訳じゃないけれど、今の勝利は人間を越えてしまった人間で、そのくせどうしようもなく人間だった。
 しばらくの沈黙後、彼はゆっくりと口を開いた。
「馬鹿は死んでも治らない」
そんな冗談、聞きたくなんか無い。うっすらと笑いを浮かべた彼に、私は大きく首を振っていた。
『ヤメてよ』
でもそれが言葉になって出て来る事はなく、ただ首を振っていた。
「涼子に」
彼は私を見上げながらそう言いかけ、ふと言葉を止めた。そして
「君に」
言い直し、思いもよらない告白を始めた。
「本当に二度と会えないと思うから、話すよ」
と。
「俺、子供達の事、知ってたから」
そんなの、どうでも良いって思った。というか、知ってたんだろうなって予感は有ったし。でもそれに続いた言葉は予想もしていない一言で。
「君のご主人から聞いたから」
「それって……」
「稔さん、だっけ?」
勝利はふっと遠くを見る様な目つきをしたかと思うと、再び視線を私に戻し先を続けた。
「君は幸せだね。あんなにいい人と結婚できて」
彼が何を話し始めたのか私には理解でできず、ただそんな事、有り得ないって思った。
「嘘」
稔というその名前にうろたえ言葉を詰まらせる私に
「子供が産まれたとき、君のご主人が俺に連絡をくれたんだよ。会いたいって」
勝利が静かに告げた。
「嘘」
同じ言葉を繰り返し、なぜかその事を否定したいと思った。それは稔が裏切ったと感じた所為かもしれないし、私の知らない所で稔と勝利がつながってなんかいて欲しくないと思ったからだと思う。それなのに彼は私の言葉を無視したかの様に話しを続けようとするから
「第一、どうして稔があんたの事を知っていたの? 何で稔があんたになんか連絡するの?」
まさか稔が興信所とか使って彼の事を調べたとは思えない。もしそれだったら必ず私に相談したはずだって確信が有った。だからそれはおかしいって指摘したつもりだった。すると彼は慌てるでもなく、それでも目を逸らし
「お守りに」
と言った。
「君に渡したお守りの中に俺の住所を書いた紙を忍ばせていた。君のご主人はそれに気がついて俺に連絡をくれたんだよ」
「そんな事、稔は一言も言わなかった」
たった一言も。
「うん」
彼は細く深いため息を漏らした。
「彼もそう言っていた。君には内緒だって」
ここに来て初めて稔に裏切られた、そんな気がした。


     戻る     鏡 TOP     つづく


               あとがき           


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Date:2009/07/11
Trackback:0
Comment:8
Thema:自作恋愛連載小説
Janre:小説・文学

Comment

*

廣瀬さん~お忙しいところ、ありがとうございます!!
取り急ぎお礼まで!
2009/07/11 【kanon】 URL #F/BsZWm2 [編集]

*

いいところでいつも終わるのは
連載だから当然だけど、あぁ、ついつい
ページをめくりたい衝動に駆られる~~!
2009/07/11 【tomo】 URL #- [編集]

* 管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
2009/07/11 【】  # [編集]

* > kanon ちゃんへ

いえいえ。
こちらこそ読んで頂いてありがとうございます♪
また金曜日まで、頑張ります!
2009/07/11 【廣瀬 】 URL #- [編集]

* > tomo ちゃんへ

稔の裏切り!? な~んてね。
いえいえ、彼には彼の考えが有ったんですよ。
うふふっ。
2009/07/11 【廣瀬 】 URL #- [編集]

* 7/11 匿名様

はじめまして。コメントありがとうございます。
その様にお褒めに預かって素直に 嬉しい ♪ です。

あっ、でも誰かを感動させたいと思っては書いていないのです。
私も持っていて、読んで下さる方も持っていると思う普通の感情を
そのまま写し取れる様にと思っています。

これからもよろしくです。
2009/07/11 【廣瀬 】 URL #- [編集]

*

更新ありがとうございます。
もしかして、とちょっと予感のあった稔の行動でした。私が思ってたのは、彼女が稔の気持ちを考えてジョージに会いに行ったように、自分の死を見据えた稔も勝利に会いに行くのでは、ということでしたが。
彼女と子どもたちへの稔の気持ちは大きいですね。産んだだけの生物学的なものでは親にはなれないし、子どもにかける思いで親になるんだと感じてます。彼は立派に父親でしたね。
命を残す、引き継ぐ存在を残せるというのは、私が生きてきた中で唯一、自分を褒めてやれることだと思ってます。末っ子も14歳になり、無事にここまで育ってくれたことに3人の子どもたちに感謝しています。
そんな私から彼女にも勝利にもジョージにもエールを送ります。
2009/07/13 【mimana】 URL #- [編集]

* > mimana ちゃんへ

うふふっ。そうなんです。稔の行動は涼子ちゃんの行動と呼応しています。
読み込んでいてもらってありがとうございます。
折角書いていますから、登場人物には好い男であって欲しいです♬

また子供の存在については私もmimana ちゃんと同じ様な感覚です。
正確も悪く(← そんなに親しくない人に面と向かって言われちゃいますあはははは)
我がままで社会的にもたいして何もしていない私ですが
子供を産んで育てて。
これで私の人生は十分に価値が有ると感じています。

さぁ、子供達の為にも♪ 涼子ちゃんと勝利に頑張ってもらわないとね!
2009/07/14 【廣瀬 】 URL #- [編集]

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