ストーリーズ・イン・シークレット

恋愛小説置いてます。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

 
 

Information

Date:--/--/--

63 ハッピーエンド


 この日が来る事を分かっていたつもりでも、結局私は受け入れる事が出来なかった。両脇で手を握ってくれている摩利と天仁の方がよっぽど落ち着いていて、小さいながらも男らしく私の事を守ってくれている、そんな気がした。
 稔の葬儀は都内の外れで行われた。小高い丘に綺麗な建物。菊の白で覆われた壁。それは恐ろしく清潔で、病院のあの一室を私に思い出させてくれる。
 痩せて行く稔。鼻に当てられたチューブと、折れそうな程細い腕。ひらひらと私達に向かって振るそれはまるで木の枝みたいに揺れていた。彼ってこんなに目が大きかったっけ、なんて事を思いながら
「今日は子供達、凄かったんだから」
笑っているだけで精一杯な彼に話しかけていた。
 双子はすくすくと大きくなり、不思議な事に二人揃ってモデルをやっていた。はにかみ屋の摩利はその性格とは裏腹に大人の様な雰囲気で、天仁は穏やかそうな見かけとは違い半端無いやんちゃだった。まるで似ていない二卵性双生児はジョージの友達連中に受けがよく、今では大人顔負けだ。彼らが仕事を
「楽しい」
と言い始めたのはもうすぐ4歳って時で、そのキラキラした瞳に稔は
「いいなぁ」
って微笑んだ。
「好きな事、やるんだよ。人生なんてあっという間だから」
だから私は子供達の事を応援していた。何だか鼻っぱしの強い他のモデルのママ達を蹴散らして、子供達の為と言いながら、稔と私の為に頑張っていた。稔が喜んでくれる事が一番だったから。
「この前話していた雑誌の表紙、出来て来たよ」
私は彼の病室に子供達が載っている本を運ぶ。
「ねぇねぇ、僕、良い顔しているでしょう?」
天仁がはしゃぎながら稔のベッドに駆け上がり、大げさな手振りでその時の事を話す。
「パパにも見せたかったよ。撮影の最後はスタンディングオベレーションだったんだから」
その脇で摩利がいかにもお兄ちゃんな顔で頷いて。
「そうか~」
彼は二人の頭をそっと撫でた。
 やがて彼はまるで意識を手放したかの様になった。エイズ脳症というらしい。ただでさえ白い稔の体が増々白くなり、気がついた時にはカビだった。口の周りが特殊メイクみたいにカサカサしていて、吐息の様に吐き出される呼吸が妙に生暖かく、その匂いの中に死の現実を感じてた。
 おしゃべりな天仁が無口になって、反応の分からない稔に向かってお気に入りの絵本を読んであげる。摩利はその足下でお絵描きだ。

 こんな時、お金持ちで良かったと思う。一日四万円の個室代が私たち一家のリビングだ。普通は許してもらえないような子供達の面会も私たちは特別。ぎりぎり一杯まで在宅で往診(家に医師が来て診察をする)も受けられて、日本で受けられるトップクラスの治療も受け続け。いっその事稔の財産が全部無くなるまで治療が続いて欲しい、そう願っていた。でもその日は来た。みんなが予想していた様に、肺炎だった。
 空気の乾いた2月。双子は来年入学式。話す事も出来なくなっていた彼だけど、
「入学式に出たかった」
そう思ったに違いない。

 どんな風に死んで行くのか、稔と私は何度も何度も話し合っていた。彼の望みは家族と過ごす事。子供達に可能な限り全てを教える事。
「泣くなよ、涼子」
泣きだ出しそうになる私に、彼は本当に笑いながらそう言った。
「僕はラッキーなんだから。死ぬまでにしなきゃいけない事をする事が出来るチャンスをもらったんだからね」
その時間が疎ましいって弱い私が思っていた。いっその事、全て終わってしまえば良いのにって。稔を見ているのが辛かった。
 葬儀は手はずしていた通り、でも全てジョージが取り仕切ってくれた。
「お前は子供達の面倒見ろよ」
まるで私たちの本物の兄のようだ。
「ありがとう」
私は甘えっぱなしで泣き続けていた。今までずっと泣けずにいたから。稔の前でも、子供達の前でも。泣いたら負けちゃうって思えてた。
 式が終わるまで顔を上げる事も出来なかった私に摩利は
「僕たちがついてるから」
そう言って握る手に力を込める。天仁はおどけて
「ママ、美人が台無しだよ。それじゃぁ天国のパパが泣いちゃうよ」
でもその目だって赤く腫れている。結局私が子供達に面倒を見てもらい、奇妙な所で双子が大人になっている事を感じ、また泣けていきた。
 稔のいないマンションは今でもジョージが暮らしているって言うのに生活の匂いが消え、妙にがらんとしていた。葬式の後
「落ち着いたら帰って来なさい」
ソファに腰掛け両手を組んだままの義父が言う。
「女手一つで子供を育てるのは大変だろう? 丈二君がついていると言っても、私たちは家族だから」
あの結婚した日に、この人からこんな言葉をもらう関係になるなんて思いもしなかった。
「ありがとうございます、お義父さん」
 彼の両親に稔の病名を告げたのは双子が産まれて1ヶ月の時だった。
「悪い冗談はやめなさい」
と言う義父に、口元を両手で覆った義母。稔はほっそりと微笑んだ。
「ご免ね、父さん、母さん。先に逝く事になりそうだから」
これも話し合った末での事だった。東京で治療に専念する為に、実家に帰れなくなる私たちを両親が心配しなくていい様に。最初は肺癌だって嘘つく事も出来たけど、稔はそれを拒み、本当の事を言う。
“エイズ末期”
折しもお婆様が大腿骨を折って入院し大変な時だった。みんなが辛くなる事を分かっていての選択で。
「先が見えてる人生だから。家族と最後までここで過ごします」
真っ直ぐ前を見ながらあたしの手を握る。稔ってカッコいいなってつくづく思ったよ。ああ、男だなって。一番辛いはずの彼が、一番強いよ。まるで怒りを溜めている様な義父の拳を見つめながらそう思う。そしてこれからの治療や寿命について話していた間ずっと沈黙を守っていた義母は最後に
「涼子さんや赤ちゃん達は大丈夫なの?」
と聞いて来た。さすがに彼がゲイだったから感染したとは言わなかったから、それを疑われるのも当然で。
「三人は大丈夫」
ぐずり出した天仁におっぱいを飲ませていた私の代わりに摩利をあやす彼。
「全くの陰性だから」
その声に義父はぷいっと横を向いた。この人がどれだけ稔を大切にしていたのか分かった気がした。そんな彼に
「良かったわね」
義母は擦れた声で話しかけ
「ねぇ、良かったわね、あなた。良かったわね」
その硬く結んだ拳にそっと手を重ねた。
「良かったわね」
彼はその大きな手を不意に広げ、彼女の手をキツくキツく握りしめた。
「そうなのか、そうなのか」
と。
「そうよ、あなた。ね? 孫達も、赤ちゃんも」
少し言いよどみ
「無事なのよ」
絞り出した。
 それ以来稔の実家からは彼の好きだと言うやたらと地味な食べ物が届く様になった。二人は数ヶ月に一回やって来て、私がつけた糠漬けを
「旨い」
と言って食べ、本当の孫じゃないって分かっているはずなのに子供達と遊んで帰った。
 肝心の私の実家の方は悲しい位疎遠になって、稔が亡くなって初めて
「長い事病気だったから」
とだけ言えた。

 そして新しい生活が始まる。稔は財産を残してくれ、私たちは多分一生食べる事には困らない。その週が開け子供達を幼稚園に送り出した私は悲しむ以外にする事のなくなった部屋でぼんやりとしていた。形見分けしなきゃいけないんだ、なんて事を考えながら下の階にある彼の部屋の鍵を弄ぶ。するとその時、玄関のチャイムが鳴った。
「誰だろう」
出るのも嫌だったけど仕方ない。間隔をおいて鳴らされるその音に、聞こえないって分かっていて
「今行きます」
大きな声で返事をする。何だか声を出すのが久しぶりな気がした。
 玄関に立っていたのはジョージだった。
「よう。今暇だろう? つき合えよ」
その手には真っ昼間だって言うのにワインのボトル。
「本気?」
まだ初七日も開けていない。呆れるあたしの目の前で
「つき合えよ」
ジョージはボトルを持ち上げて見せた。
「夜に飲み始めたら止まらなくなるからさ」
それは82年のボルドー。稔が大好きなシャトー。不意に稔が帰って来た気がして
「そんなに振り回したらワインが駄目になっちゃうよ」
抜け出せない嫌みを口にしながら彼を部屋にあげた。子供のお迎えまでは5時間以上ある。私だって夜に飲むのが怖かった。真っ暗な闇の底に堕ちていきそうで。だからこれはラッキーかもしれないってそう思う。静かな夜にジョージと語り合える程私はまだ落ち着いていなかった。
「まだまだ、これからだから」
ジョージはそんな私の心を察したかの様だった。
「これからお前一人で子供達育てなきゃいけないだろう?」
「うん」
その現実が私にのしかかる。出来ないとは思わないけど、目に見えない将来は不安だ。心のどこかでジョージを頼りにしたいという思いを自分の中に感じていたけれど、それはあまりに甘え過ぎていて、まるで私じゃないみたい。
 彼は飲みながら過去の稔の思い出を語ってくれた。稔に告白されてどれほど嬉しかったか、とか、二人で行った初デートが県を一つ越えた街の水族館だった話しだとか。
「そう言われれば私はあんまり覚えていないかも」
記憶に有るのは学生の頃の稔より、一緒に暮らす様になってからの彼ばかり。
「そんなもんだよね」
何かを深く考えようとしたら壊れてしまいそうな気がして、逃げる様に適当な言葉を選ぶ。だのに彼は本音を漏らす。
「俺さ、お前に嫉妬してたから」
知ってたけど聞きたく無い言葉。
「お前に稔を盗られるかもしれないって、ずっとびくびくしていた」
それはある意味懺悔かもしれないけど、今の私はジョージが苦しんだ傷跡も知っている。だから
「お前が良い女で悔しいよ」
の言葉を
「そうだよ」
笑って返してあげる。
「私以上に良い女なんていないんだから」
なんてね。
「全く、そうだよ」
高いワインをまるで水みたいに流し込み、彼はつまみのチーズを頬張る。
「全く、そう思うよ」
その言葉がチーズと共に喉の奥へと落ちてゆく。そして急に真顔になって
「もし、もしだよ」
言いよどみ、急に居住まいを正した。
「考えて欲しい事が有る」
と。緊張する空気の中、彼の腕が伸び、指が私の髪を撫でるかの様に滑った。それは何となく感じていた予感だった。四人で囲むテーブルで、摩利や天仁と遊ぶ公園で。そして病院の帰り道の車の中で。
「俺と……」
柔らかく開いた唇が震えていて
「駄目」
その先を言わせちゃいけない。
「馬鹿は言いっこ無しだよ」
彼の瞳が大きく見開かれ、うつむいた。
「分かった? 俺が言いたかった事?」
何となく、だけどね。
「そうすればみんなが幸せになるって思ったんだけどね」
「馬鹿」
まるで気弱なライオンみたいな彼。
「そんな事しても稔は喜ばないよ」
私はそう言った。
「そうだよな」
彼は自嘲気味に首を振り両手を額の前で組み合わせた。
「そうだよな、うん」
そのくせ声が寂しくて。その選択を彼がどれほどまで正しいって思って切り出したのか、手に取る様に分かった。彼の期待には応えられない。今まで通り、それなりに平凡でそれなりに思いやりのある日々が続くだろうって言うのは想像がつく。それに稔がいなくなった分だけ、二人で思い出を温め合う事も出来る。でもそうじゃない。私たちの生きる道は違うんだから。
「あのね、それとこれとは全く違うって思って聞いてくれる? あんたはね、私の夫じゃないけど、摩利と天仁にとっては一生変わらない“ダディ”なんだって思うんだ。あの子達にはあんたが“父親代わり”分かるよね。あんたと私たちの距離が離れても、あんたと子供達の関係は離れないんだから。」
彼は何かを言いかけた。
「当然、あんたが子供達の権利だけが欲しくってこんな事言い出したなんて思っていないよ。でもね、稔の遺言思い出してよ」
それは書面ではない、私たち二人に稔が言葉で残した遺言だった。
「稔は私たちに幸せになって欲しいって言い残したんだよ? お互いに慰め合うって事じゃ無くてさ。その為にも別々の道を歩かなきゃって思うんだよね」
私だってジョージの事は大好きだ。今更恋をしたいなんて思わないし、男が欲しいとも思わない。でもジョージだって近い将来灰になる。その瞬間彼の傍らにいるのは私じゃないって言う予感は有ったから。
「お前さ、俺たち離婚する夫婦みたいな会話してないか?」
彼の体のどこからか、抹香の香りがほのかに漂っていた。


   戻る     鏡 TOP    つづく



                ハッピーエンドについて語る あとがき

  ♪ 応援頂けると ↓ 励みになります!! ♪

           にほんブログ村 小説ブログ 恋愛小説(純愛)へ
  ▲(1回/1日)    ▲(1回/1日)  ▲(1回/1日)


  オンライン小説/ネット小説検索・ランキング-HONなび    ネット小説ランキングに投票!    エッチ小説ランキング
  ▲(1回/1日)       ▲(1回/1月)      ▲(1回/日)


スポンサーサイト

 
 

Information

Date:2009/06/12
Trackback:0
Comment:2
Thema:自作恋愛連載小説
Janre:小説・文学

Comment

*

急にお葬式という展開にちょっと
驚きましたが、うん。
涼子もジョージもいい間柄になり、
稔も安心してるのかな?

来週はお休みですか?
さびしいけど、じっと我慢ですね!
次も楽しみにしています。
2009/06/15 【tomo】 URL #- [編集]

* > tomo ちゃんへ

稔の人生はハッピーエンドで締めくくられた、そんな気がします。
さてこれからはジョージと涼子ちゃんです。
次話では皆様お待たせ! でもそう来るの???
な展開のプロットは出来ています。
ですがどうしても時間を取れないもので……。
必ず書きますからお待ちくださいね!
2009/06/16 【廣瀬 】 URL #- [編集]

コメントの投稿







 ブログ管理者以外には秘密にする
  1. 無料アクセス解析
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。