ストーリーズ・イン・シークレット

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56 プライド

     
 それはまだ冬になりかけの1月の事だった。場所は渋谷の外れにあるギャラリーの2階。ここまで来て何度も躊躇って。そのエントランスをくぐるまで何回も行ったり来たりを繰り返し、まるで不審者。ようやく決心して入った細い通路の向こう、階段の脇にはHIV患者向け支援ボランティアのパンフレットが置いてあり。
「皮肉? 」
表紙にはナイーブそうな男の顔。どうしてだろう。HIVの患者だからなのか嗜好の所為なのか、ゲイの男って肌が薄くってきめ細かく繊細な感じがする。まるで稔って感じ。それに比べてジョージはいつだって日焼けで浅黒く、勘弁してくれって位健康的だったから。
「ムカつく。」
あたしは心まで弱っていく稔を思い出しながら、彼に感染させたジョージがのうのうと生きている事に腹が立った。誰が同情出来るかって。あんなヤツそのままくたばっちまえって。それでも、今日、ここに来た。ため息と共にそんな
“悔しさ”
呑み込みながら2日前に発行されたらしいそのパンフをバックの中に押し込む。こんな時だって何か役に立つ情報が欲しいから。稔を助ける為だったらあたしは何だってする。例えそれがどんなに屈辱的な事だってもね。そう、その気持ちを何とか思い出し、心を奮い立たせた。
 心固めて上り始めた階段はめちゃくちゃにキツいから、ふうふう言いながらよっこしょって感じで乗り切る。と、受付には肌の白い男の子が忙しそうにパンフレット並べていて、不思議そうにあたしの事を見た。なにしろ時間が早い。今回の写真展が始まるまでまだ2時間以上はあったから。
「あの~。」
その子は困った様な声を出した。それをかき消す様に
「こんにちは。ジョージいる?」
単刀直入にあいつの名前を口にする。すると彼はあたしを見上げながら一瞬大きく目を開き
“分かんない”
って顔をした。
「ジョージだってば。」
その戸惑った表情はあたしのお腹の上を微妙なラインで彷徨っていて
「どちら様ですか?そのう、ここ、まだ開いていないんですけど……。」
妙にもじもじしながら尋ねて来るから。
「あ~あたしね。」
この子が彼の新しい恋人だなって直感で分かった。
「従兄弟。義理だけど。」
嘘じゃないし。
「大事な話しが有って来たんだ、この子達の父親の事でね。」
なんてお腹を擦りながら笑ってみせると、彼ははっとした表情の後、慌てふためいて奥へと消えていった。なにしろ今日の為に一番お腹の目立つマタニティドレス来て来てた。もしあの子がジョージの彼氏だったら焦るのも無理無いや、なんてね。
 そこはこじんまりとしたギャラリーだった。入り口に飾られたブーケスタンドにはちいさなカサブランカ(百合の花)が飾ってて
「ジョークなの? 」
笑える。その足で一歩踏み込むとジョージの撮った写真が世界を広げていた。それは意外にもしっとりとしたモノクロの風景画で、あの強すぎる個性は姿をひそめ、彼の目を通して捉えられた街という生き物はまるで砂漠みたいに乾いていた。そして奥の部屋から
「なんだって!? 」
って叫ぶ声が聞こえて来た。ジョージだ。彼はあいかわらずいかにもマッチョで怪しいフェロモン振りまきながらあたしの前に現れた。
「何しに来た。」
その顔は怒りに満ちていて。
「ご挨拶ね。」
歓迎されるなんて思っちゃいなかった。当然だ。あたしだってこいつの顔、見たくなんかないんだから。
「用事があったから来たんでしょう?そんな事も分かんない訳? 」
そう言ってから気がついた。こいつといるといつもけんか腰になってしまう。いつもの癖というかなんというか。それやめなきゃきちんと話しが出来ないじゃんって思いとどまって
「ゴメン。」
速攻謝った。
「悪かったわ。あたし、喧嘩しに来たんじゃないから。」
するとジョージはかなり変な顔をした。ま、そりゃそうだ。あたしはいつだってこいつと会えば喧嘩ばっかりだったから、下手に出るのは正真正銘初めてだ。
「何しに来た。」
彼はいぶかしげな声でそう言った。
「ちょっとね。」
話したい事はあんまりにもデリケートすぎる。でもジョージだってあたしがこうやって話しに来るのは稔の事だって事ぐらい察しがついてるはずで。
「二人だけで話せない?凄い大事な話しだから。」
あたしは彼の傍でうろうろしている男の子に目配せをした。すると躊躇うジョージを
「でも、もうすぐギャラリー開くんですよ。お客様お迎えしないと……。」
その子が引き止めようとして。思わず鼻先で笑いそうになりそれを押しとどめる。くだらない嫉妬なんかであたし達の事邪魔しないでって思わない訳じゃなかったけど、
“喧嘩をしに行くんじゃない”
今朝家を出て来た時に自分にしっかり言い聞かせたんだった。だから
「すぐ済むから。ジョージの事貸してよね。」
可愛いフリで両手を合わせて拝む様な仕草をしてみせた。
「お願いだから。」
その目をそっとジョージに目配せし。
「あんたも多分、後悔してるんでしょう? 」
彼の柔らかい所を細い針で突く。ジョージは一瞬で表情を凍らせ
「何を今更。」
そう吐き出すとすっと目を細めあたしのお腹を見つめたかと思うと
「生憎と忙しいんでね。あんたみたいな女には分からないと思うけど、個展開くのってなまじな事じゃなからさぁ。俺、これに人生かけてるし。そんなに話したかったらアポとってくんない、乃木涼子さん。」
視線に憎悪を込めた。
 1週間前のあの日、稔はジョージに病気の事教えないって言った。でもこう見えて長い付き合いだし彼のこと分かってる。本当は教えてあげたいんだって。ジョージだけでもいいから助かって欲しいって思ってるって。でもその中で、稔なりの
“諦め”
も有って言い出せなかったんじゃないかなって思えた。何しろ感染源は間違いなくこいつで、そうしたら普通に考えてジョージの方が進行早いに決まってる。そうしたらもう、手の打ち様がないから。そしてなによりもあの時言った
『道連れ。』
って言葉が痛々しくてたまらなかった。例えそれが本心だとしても、それはジョージのことを真剣に愛してたから出て来た言葉だってあたしには分かる。だからそれは
『心中』
を意味していて。そしていつかきっと、その
“愛している”
気持ちの強さ負け、病気の事をすぐにジョージに言わなかった事、後悔する。そんな、分かり切った結末を稔に迎えさせる気なんかなかった。
“後悔”
で人が死ぬって聞いた事ないけど、でもで死んじゃうんじゃないかって位稔が後悔するの、目に見えてた。だから今回はいつもあたしを目の敵にする
“くそったれ”
じゃない、
“稔が愛した最高に素敵な”
ジョージを信じて彼に賭ける事にした。治療が1日遅くなればそれだけジョージのウイルスは増え続け、その分稔の悲しみが増える。今日だってそうだ。一秒ごとにジョージの体は腐ってく。だからありったけの勇気振り絞ってここまで来たんだ。引き下がる訳にはいかない。
「絶対に、聞いて。」
気持ちで負けるもんかって踏ん張るあたしを彼は見下ろしながら
「それじゃあさぁ。」
って微笑んだ。
「お願いしますって土下座ぐらいしたら? 」
それは正に目の前で土下座をしろって言う意味で。ふざけるなって思いながら、でもあたしの体は動いていた。
「この通り。」
冷たい床にぺたんと座り頭を下げる。お腹がつっかえるからお尻がピョコンって上がってみっともないよなって思いながら、プライドって何だろうって考えた。頭下げるのって恥ずかしい事かもしれない。でも子供を堕ろす決心をしたときのあたしを思えば、あの苦しさに勝るものなんかないんだから、つまらないプライドなんか要らないって思う。
“プライド”
って言葉と
“誇り”
って言葉は一緒だって思ってたけど、今のあたしには違っていて。こうして大事な人を守るってのはあたしの誇りだって思った。それなのに……。
「あのさぁ、涼子さん。」
彼はすっとしゃがみ込んであたしの耳元で囁いた。
「今あんたの腹蹴ったらどうなると思う?」
その声は
“マジだ”
って言っていて。
「嫌だ・・・・。」
思わずお腹抱えて体守ってた。
「嫌、それだけは嫌。」
頭で考える事じゃ無い。本能で、
「嫌っ!」
あたしはぐっと背中丸めて後ずさっていた。
「ははははは。」
そんなあたしに彼は乾いた笑い声を浴びせ、その左足の踵がすっと後ろに引き上がった。
「嫌!」
彼の右の膝が少し沈んで反対の足の先があたし向かって蹴り出されるのを、まるでスローモーションみたいに見ていた。
「ジョージ、駄目!」
男の子が叫び、あたしは次に襲って来るはずの衝撃を待った。




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Date:2009/04/23
Trackback:0
Comment:2
Thema:自作恋愛連載小説
Janre:小説・文学

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このコメントは管理人のみ閲覧できます
2009/04/25 【】  # [編集]

* 04/25 鍵コメの I 様

うあぁぁぁああ!!

・・・・メールお待ちしています。
2009/04/25 【廣瀬 】 URL #- [編集]

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