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ストーリーズ・イン・シークレット

恋愛小説置いてます。

55 稔の後悔

    
 あたし達はマンションに帰り着くまで無言だった。その間中稔の言っていた事を繰り返し考えてみては
“勝利はあたしの事信じていたんだ”
って意味が沁みて来て、あの時その事に気がつけなかった事が情けなかった。結局あたしは最後まで勝利の気持ちをあたしの中でだけ考え、あいつの気持ちを勝手に作り替えていただけだって。
「ゴメンね。」
思わず口の端からこぼれそうになる。
『ゴメンね。』
って。思い返してみてふと気がついた。勝利に妊娠を告げた時、彼から直接答えを聞くのが怖くって、彼が
“堕ろして欲しい”
って言うものだとばかり思って先回りした事。そして今回も。結局あたしは本当の彼を見る事が出来なかった。そしてもう永遠に会う事も無い。そう、あたし達をつないでいた糸は完全に途切れてしまった。切ったのはあたし。これが本当に
“悲しい”
って気持ちなんだって、きらきらと光っている首都圏の夜をすり抜けながら、心の中から何かが抜け落ちたみたいなこの感触を胸の中に抱いていた。
 その夜は二人で久しぶりにカップラーメンを食べた。
「塩分高すぎて妊娠中毒症になりそう。」
「なんて言って、本当はかなり懐かしいでしょ~。」
いつもと変わらない会話をしている様に見え、どことなくぎこちなく。
「今日は疲れたから早めに寝るね。」
都合の良い事を言って彼を追い出してしまう。いたたまれなくて、独りになりたくて。そのくせ明け方まで眠る事が出来ず、この東京のどこかにいるはずの勝利の事を考えていた。
 次の日の朝は少し寝過ごしていた。気がついたらもう8時。いつもだったら稔が朝ご飯にやって来る時間。きっとあいつも気疲れしちゃったんだなって申し訳ない気分になっちゃったよ。
「駄目だね、あたしって。」
あたしと勝利の問題に稔の事を巻き込む気なんか無いから。
 稔の病状は思わしくなかった。先生から聞く話しだけじゃ分からない事いっぱい有って、二人で色々な事を調べ、彼の今と照らし合わせては落ち込む事が多かった。最近は
「何だかインフルエンザっぽい感じなんだ。でも高熱は出てないからそうじゃないよ。ただ体がだるくて、節々が痛いんだ。これって歳くった所為かな?」
って言い出して、それが正に急性HIVの症状だって手にしているパンフレットの中で見つけときは、目の前が真っ暗になるかと思った。呆然としているあたしに彼は言った。
「これがエイズだってば。」
それから知り合いにエイズの進行している人がいて、稔自身がリアルにエイズってなんなのか知っているって教えてくれた。
「生きながらミイラになるみたいだよ。」
なんて。そのくせ微笑みながら
「僕は大丈夫だけど。」
あたしを安心させてくれようとする稔。あたしは確かに勝利を手放した。それは彼の事を理解していなかったからだけど、でもその後悔以上に稔の事を大事にしたいって、それが一番大切な事だったよなって、くたびれた頭で思い出していた。迷わずに稔の事、大事にしなきゃってね。
 結局いつもより1時間も過ぎた頃にやって来た彼は開口一番
「これ、返しておくね。」
そう言って白い紙袋をあたしに手渡した。
「あっ!」
それを忘れていた事に酷く罪悪感を感じた。
「大事にしなきゃ・・・・。これ、勝利からもらう最初で最後の贈り物なんだからね。」
お守りを両手ではさんでギュッてした。その拝んでいる様な仕草に思わず微笑んでしまい、見ている稔に照れ笑いしちゃったよ。すると彼は
「本当に良いの?」
って言った。
「何、それ。」
言っている意味、分からないから。そんな首かしげるあたしに
「僕で良いのかって。本当に彼じゃなくていいのかって事、聞いてる。」
そう言った。
「馬鹿ねぇ。」
やたらと神妙な顔つきの稔がおかしかった。
「あたしが稔の事選んじゃ悪いの? 」
「でも・・・・。」
彼はそれでも食い下がり
「その彼は。」
あたしの手の中にあるお守りを指差して
「今でも涼子を愛してる。」
有り得ない位きっぱりと言い切った。
「彼は涼子が戻って来るのを心から望んでる。涼子だってそうだ。涼子は気がついていないかもしれないけど、そんな彼だから好きになったんだ、間違いないよ。それに彼は僕みたいに病気なんか持っていない、そうだろう?」
悲しい瞳があたしの事見つめているから。
「本当、馬鹿。」
あたしは彼をしっかり抱きしめていた。
「愛ってね、いろんな愛が有るじゃない?確かにあたしは稔の事を普通の恋人同士って感覚じゃ愛していないと思う。むしろ兄弟?でもね。あたしは今の稔の傍を絶対に離れたくないんだから。ね?それも愛でしょう?」
「ねぇ涼子。」
彼は躊躇いがちに
「僕に同情してくれなくても良いんだよ。」
そう言った。
「たった今
“今”
って言ったよね?それって僕がもし健康だったら別の選択肢が有るって意味じゃないか?そんなんで傍に居てもらっても僕は嬉しくはない気がする。」
稔の言いたい意味ってもっともだと思うよ。
「でもね。」
あたしは細い彼の体にぎゅっとしがみつく。
「あたしの気持ちが稔の傍を離れたくないって言っているんだな、これが。稔の傍を離れたら後で後悔してしまう、とかそう言う事だけじゃなくてね、こう、なんて言うのかな。」
あたしは何とか言葉を探した。
「自分の躯の半分みたい。」
そう、その言葉が一番しっくり来る気がした。
「一緒にいると全然当たり前だから気がつけずにいるけど、失っちゃったらもう二度ともとのあたしには戻れない、たった一人の人だと思うよ。だから大切。何かの瞬間に自分を大事にしなきゃって思うときが有るんだけど、そんな感じの感覚で、もっと稔の事愛してあげなきゃって思うんだ。ね?だからさ、あたしの気持ち、疑わないでよ。」
大きなお腹がつっかえていてなかなか苦しい姿勢のまま
「愛してる。」
あたしは稔の胸に頬寄せた。それは初恋にも似たくすぐったい感覚で。思春期で荒れていた娘が大人になって親と仲直りするみたいな、ちょっと強引だけど
“家族愛”
見たいなの感じてた。それなのに。
「僕は・・・・違う。」
彼はすっとあたしの体を引き離し、
「僕は君の気持ちに値しないから。」
そう言って首を振った。
「えっ? 」
いきなりの展開に何を言われているのかまるで分からなかった。
「どういう意味?」
「だから。」
稔は大きく鼻をすすり上げ
「僕は涼子が思っている様な人間じゃない。」
まるで昨日のあたしみたいな事を彼は言い出して
「本当に申し訳ないと思う、でも、物凄く言っておきたい。」
そしてその言葉を一気に吐き出した。
「僕は涼子が僕を愛してくれている様に、涼子を愛していないんだと思う。」
まるでオブラートに包んだ様な言い方。それでも彼が言いたい事ははっきりしていた。
「あたしよりもっと好きな人がいるって事ね? 」
すると彼は静かに頷いた。
「済まない。」
それはきっと
「ジョージの事でしょう? 」
あたし達はもう10年来の付き合いだ。もしかしたら自分の事以上に相手の事を分かってるかもしれない、そんな風に思える位、あたし達はお互いを理解してるから。
「稔は今でもジョージの事愛してる? 」
あたしはその言葉をそっと彼に投げかけた。そして頷く彼を見た。稔は正直者。凄く辛そうな顔で体を震わせた。
「涼子が、涼子が僕の事愛してくれてるの分かる。だから、申し訳なくて、めちゃくちゃ悪くって。僕は涼子みたいに綺麗な気持ちで
“好き”
を言う事、出来ないんだよ。」
彼の心が距離をおこうとしているのが見える様だった。
「ここに来て今更だけど、こんな状況で僕は涼子と幸せに暮らしてる。リミットは有るけど子供も産まれる希望も有って、僕には味方がいる。でもそんな風に幸せだからかもしれない。ジョージの事が頭から離れないんだよ。」
そして細くなって来ている指を何度も組み合わせ
「今、元気にしているかなって。僕みたいに風邪こじらせて治らなくっていないかなって。何事も無く過ごしていていきなり症状が現れていたらどうしようかって。もしかしたらもうどこかの病院に運ばれているかもしれないし。発症していなくてもそれに気がつかずに他の誰かに病気をうつしているかもしれない。どうしようって。ジョージの、ジョージの事が心配でたまらない。涼子がこんな状況で、こんなに頑張っているって言うのに、僕はジョージの心配ばかりしている。こんな、こんな僕って最低じゃないか。」
それからその言葉を、たぶんずっと心の中につっかえていたはずのその言葉を吐き出した。
「後悔している。あいつに病気の事話さなかった事。」
感染を知ってから3ヶ月。その短くて長い期間、稔が苦しみ続けたって事、感じてた。
「俺、馬鹿だよ。あいつも死んでしまえって思ってた。俺、絶対あいつからうつされたんだから、あいつが先に死ぬのが当たり前だって。ジョージも苦しめよって。でも、虚しいよ。馬鹿だよ。俺。なんてことしちゃったんだろう。」
彼は小さく鼻をすすり
「ジョージ、どうしてるかなって。元気にしてるかなって。俺と違って無症候で過ごしてるかなって。気がつけばそればっかり。」
あたしから顔を背けた。
「時間って取り返しがつかないよ。それがこの歳になってやっと分かるなんて。あの時僕はすぐに教えてやらなきゃいけなかったんだ。」
慟哭する稔のその言葉をあたしはずっとずっと待ってた。
 ジョージには煮え湯を飲まされたけど、でもあたし、今の自分が好きだった。稔の事好きな自分が好きだ。
「ジョージね、元気にしてるよ。」
あたしはこの3ヶ月内緒にしていた言葉を口にした。彼は
“えっ? ”
って顔を持ち上げる。まるであたしが宇宙語でも話している、そんな感じの驚きの顔が
「あたしが教えた。」
の言葉と同時にぱちぱちと何回か瞬きを繰り返した。
「嘘だろう?」
そんなはず無いじゃん。
「誰がこんな得にも損にもならない様な嘘つくって言うのよ。」
なんて。
「あたしはね・・・・ジョージに教えてあげたかったの。稔がエイズだって分かった時、稔の事だからすぐにジョージに知らせると思った。でもそれをしなかったじゃん。それってね、分かるから。好きだから憎むんだって。愛している気持ちが強ければ強い程、憎しみも深いんだって。でも最後、稔が後悔するの分かってたから。あたし、稔のその気持ちには自信が有って、そんな苦しむ稔見るの嫌だったから、ちょっと先回りして教えてあげた。」
本当は一日でも早くそのことを知らせてあげたかった。稔が悩んでいないはず無いって確信有ったから。だからやっとこの時が来たんだって、稔の事開放してあげられるんだって思うと嬉しくって、彼のその手を取って気持ちが伝わる様に言った。
「あいつ、あたしの言う事聞いて真面目に治療通って元気にしてるから。何の心配も無いよ。」
って。するとあたしの目の前に泣き出しそうな優しい笑顔が広がった。
「ありがとう。」
それから自分の言った事にふと気がついた様なはにかんだ笑い顔を浮かべた。
「凄く奇妙に聞こえるかもしれないけどね、今の僕の中には涼子を好きだって言う気持ちがポップコーンみたいに弾けてる。変だよね。ついさっきまで悩んでいた事が嘘みたいに。」
ほんの少し言葉を切った彼。
「愛してる、涼子の事。たった今目の前が開けた気がする。」
マンションの窓から広がる東京の空は春霞。淡いピンクが街を染め。春はすぐそこ、手の届く所まで来ていた。


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                たいした事無い あとがき


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Information

Date:2009/04/18
Trackback:0
Comment:6
Thema:自作恋愛連載小説
Janre:小説・文学

Comment

* 更新お疲れ様です☆

なぁ~んか…


ジョージの事をちゃんと愛してる稔が愛しい。

そんな稔を愛する涼子が愛しい。


今回の稔のセリフで、勝利まで愛しくなってしまいました。

進行を遅らせることは出来ても、蝕んでいく病。
悲しいけど、やっぱりそれって事実で現実ですょね(涙)…


次話は、廣瀬さん大好きな大ドンデン返しの修羅場に続くのでしょうか(笑)!?
2009/04/18 【コト子】 URL #3un.pJ2M [編集]

* > コト子ちゃんへ

いつもアリガトね。
次話・・・・修羅場がご希望?
うふふふふっ。
2009/04/18 【廣瀬 】 URL #- [編集]

* 愛っていいね♪

稔にしては珍しくネガティブな感情出してるけど、それも感情の原因がジョージで相手が涼子ちゃん。どちらも彼にとって大事な人。だから強い感情を抱くし、それを表出できる。涼子が勝利を許せそうな気がするのも愛したから。
やっぱ、愛はすべてを救うのよね~
このさき、もちろん穏やかに進むわけありませんが(廣瀬さんお手柔らかに~)楽しみにしてます~
2009/04/18 【kanon】 URL #F/BsZWm2 [編集]

* > kanon ちゃんへ

結局恨んだり憎んだりするのも愛が有るからだと思います。
それに憎しみや苦しみは捨てられるけど、
愛している気持ちって消せない気がします。
心の一番深い所にある感じ。
その分厄介だけど、それが有るから生きている事に喜びがある気がします。
やっぱり、愛ですよね~。
ちなみに廣瀬のネームカーのメッセージテーマ、
“no Love no Life ”→ “愛の無い人生なんて” なんですよ♪
2009/04/19 【廣瀬 】 URL #- [編集]

*

なんていうんでしょう・・
やっぱり人って、捻くれたり恨んだり
計算してみたり試したり疑ったり
そんな色んな感情は
必要ないような・・みんな素直に
あったかい気持ちで愛を表現できたら
愛があふれるような世界になるんじゃ
ないかって。
そんな単純じゃないか、人の気持ちは。
う~~ん。
2009/04/20 【tomo】 URL #- [編集]

* >tomo 様へ

そうなんですよ。
人間に最後残るものってとってもシンプルな感情の様な気がします。
でも“当事者”ってそうはいかないんですよね。
私もそうですが、自分の事が一番厄介です。
2009/04/20 【廣瀬 】 URL #- [編集]

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