ストーリーズ・イン・シークレット

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46 師走

  
 2ヶ月後の1月3日。あたしは正式に乃木家に入る事が決まってた。パーティー帰りのタクシーの中、酔いの冷めかけた稔に
「もう少しだけ、辛抱してね。」
って手を握ぎられその事を思い出す。
「うん。」
それは法律的な入籍とは違い、乃木家に入る為の儀式だと言う。縁のある神社でお式を挙げ親戚に顔を見せるのだという話しだ。本当はそんなのやらないつもりだった。そのはずがあっという間に
“両家”
の間で取り決めがされ
「無理だ。」
と突っぱねる稔をあたしがなだめた。
「本当にこれが最後だから。みんな我慢しているから。」
稔の両親もあたしの両親も、それからあたし達も。だから
「出来る事だったらやろうよ、ね?40年後、あたし達が笑っていられる様に。」
そして法律上の結婚初夜、22時。
「先お風呂入って来るね。」
っていつもみたいにバスルームへ向かった。メイク落としは3回使って完璧にクレンジングし、体は洗わずバスソルトたっぷりの湯船につかり。思わず寝ちゃいそうになって浅い夢で目が覚めた。思ってるより疲れてるらしい。急いでドライヤーかけてリビングに行くと彼もソファの上でうたた寝をしていた。出会ってから10年。彼の顔を見ながらお互い歳とったな~って思った。
「ここで寝たらまた風邪引くよ。」
肩を揺らすとその手首をつかまれ
「大丈夫、平気だよ。」
彼はゆっくり目を開けた。でもその目の奥は疲れてて濁ってる。彼はいつも笑って演技している分だけあたしよりダメージ有るんだろうなって思った。だから
「今日は思ったより大変だったね。早く寝ようっと。」
あたしはあくびの顔で彼にお休みを言い、まだラッカーの匂いが残る新しい部屋に向かった。有るのは小さなシングルベッド。お揃いのドレッサー。それからベビーベット2個分のぽっかり開いたスペース。今晩からあたし達は別の部屋で寝る。二人の結婚生活の始まりだ。
 その夜は眠れなかった。あれほど眠かったのが嘘みたい。あたしの頭の中ではお風呂場で見た夢の中の真っ赤な風車がかたかた泣いていて、その音が止まない。
「そうだ。」
きっとエステで寝ちゃった所為で眠れないんだ。あたしはこっそり起き出して稔が起きていない気配を確かめ田舎から送ってもらった段ボール箱をこっそりと開けた。取り出したのは古ぼけたミシン。10年前、学校で使うからって買ってもらって放っといたヤツ。それから赤い布、赤い糸。型紙は市販の売ってるの。こう見えて裁縫は昔っから得意だから。しゃきん、しゃきん。窓から満月があたしを覗いている。しゃきん、しゃきん。切れ味の落ちていない裁ちバサミ。かたかたと鳴り出すミシンのリズム。それなのに
「駄目じゃん。」
ミシンだとカーブがたわんでよだれかけが歪む。
「手縫いしかないってか?」
今年のうちに間に合います様に。こうしてあたしは夜な夜な彼に内緒の内職を始めた。
 稔の仕事はフリーの投資アドバイザーだ。フリーとはいっても中規模な会社と契約しそこから個人投資家のニーズに合わせて対応しているらしい。よく分らないけど。とりあえずほとんど朝に家を出て、夕方には帰って来る。携帯は仕事用が二つ。それでも以前よりは鳴らない。今は不況のあおりで仕事が減って
「一時期死ぬかもって位忙しかったし、この歳でもう正直一生分稼いだって気がするし、そろそろ引き上げ考えてたからタイミングばっちりさ。」
そう言いながら彼の銀行口座の残高をパソコン越しに見せてくれた。
「0が多すぎてよく分んない・・・・。」
確かにそれは一生分稼いだって十分言える金額で。
「これから先はこの金額を減らさない程度に回していくよ。」
その視線をあたしのお腹に柔らかく落とし
「僕の夢は専業主夫になる事だからね~。」
にこにこ笑った。
「凄いよ、それって。」
稔には敵わないなって思う。普通これだけの仕事をしていたら男って言うのはもっと野心を持つものだって思ってた。
 そうして毎日を暮らした。今まで知らなかった彼の良い所をひとつひとつ増やしていき、あたしも良い女になる。そう言えば実家に帰った時、最後に出してもらった糠漬けが小寺さんちのとそっくりで驚いた。話しによると形見分けでもらって来たものらしい。何となくうちの母親らしかった。でもまさかもう一度その味を食べれる様になるなんて思っていなかったから
「あたしにも頂戴よ。」
って強引に半分奪って来ていた。今はそれを種にしてこの家の糠床を作っているところ。
 そして日は過ぎる。5ヶ月に入ったばかりのあたしのお腹はまだ小さい。着ている服のサイズもそんなに変わりなく時々お腹が張るのが辛いかなって程度。
「順調ですよ。」
婦人科の女医さんは今の所心配はないって言ってくれ、一緒につき合ってくれた稔が
「お祝いのケーキを買って帰ろう。」
なんて、本当は自分が食べたいだけなのにあたしを誘う。
「駄目、デブになる。」
「良いじゃん、涼子はむしろ太るべきだって。」
「でっぷりと?」
「でっぷりと。」
結局4つも買い込んで全部二人で半分づつで食べた。王道ショートケーキにフランボワーズのムース。シブーストにフルーツタルト。
「苺は妊婦が食べるべし!」
これだけは譲れない。稔は
「今度は6個買ってこないと。」
そんな感じで息巻いてた。クリスマスは二人で映画三昧で。明け方まで夜更かしし
「年には勝てないよ~。」
って次の日は寝て過ごした。そして年末。12月は29日に実家に移動した。あたし達は奇妙に落ち着いていて色々とお土産をかう余裕もできていた。高速を飛ばしながら二人ともラジオに笑ってた。時々あたしが運転変わろうかって提案すると
「ここではヤメてくれ!」
間髪入れずに叫ばれた。稔といるのは疲れない。それに素直に楽しかった。
 彼は最初にあたしの実家に車を向け家族に挨拶してくれた。書類的には夫婦かもしれないけど、形式的にはまだあたしは乃木の嫁ではないらしい。これも実家同士の打ち合わせ。
「それでは1月3日に迎えに上がります。」
って丁寧に頭を下げて出て行く彼を見送りながら、一人で実家に帰す事を可哀相な気がした。
 家で過ごす年末年始は高校の頃からちっとも変わりがなかった。母親に割烹着を着せられ絞った雑巾を渡される。
「おいおい、涼子は妊娠しているんだから無理させるな。」
父さんは言うけど
「あら、妊婦はね、せっせと掃除して体動かした方が良いのよ。」
母さんは鼻で笑い
「大丈夫なのか?」
心配顔の父さんを
「あら、私のときはそんな事一言も言ってくれなかったわね。」
ってちくって刺した。
 あたしが待っていたのは12月31日の夕暮れ時。みんながほっと一息ついてお菓子を手に取る時間帯。絶対晴れるって信じていた午後の四時。家を抜け出しあたしのお地蔵様に会いにいく。手にしているのは手縫いのよだれかけと砂糖菓子。お供えして雨降ったら綺麗に溶けてなくなる様に。その跡をカラスがつっ突いて汚したりしない様に。それから箒も忘れずにね。
 そしてそこには先客がいた。艶のある銀髪の後ろ姿に一瞬フランス人かもって思ってクエスチョン浮かぶ。でも振り向いた顔はお婆ちゃんだった。それでもメイクはあたしよりも気合いが入ってて、60歳って言えば60歳に見えるし、綺麗すぎて80歳って言われたらもしかしたらそうかもって思えた。年齢不詳ってこういう人のことを言うんだと思う。何よりも印象的だったのはその目。キリって引き締まってて、昔の女優さんみたい。その眼差しに気圧され
「あっ、どうも。」
あたしはぴょこんと頭を下げた。
「あら、あなた。」
その人はあたしの事を知っている様な口ぶりだった。可愛らしく小首をかしげ
「ここ、掃除しに来たのかしら?」
着ているスーツは多分Cのつくスーパーブランド。
「そこ、汚れてるのが気になって仕方がなかったの。」
指差した先は鳥の糞で汚れてた。
「やってくれないかしら?」
「あ~そうですね。」
命令する事に慣れた口調。でもあたしは思った程不愉快な感じはしなくってその人の言う様に狭い隙間に入り込み箒をあてがった。ただし
「これ、持ってて下さいね。」
って荷物渡す事は忘れずに。だってそうでしょう?折角持って来たお供えを地べたに置くなんてもったいないじゃない?その人は何も言わずに受け取るとあたしのする仕草を頷く様に見ていた。
「よくここには来るのかしら?」
「ん~家が近いと言うか、なんと言うか。」
ぼちぼちと話しかけられ言葉を選びながら返事をする。折角綺麗にするんだったら徹底的にやりたい性格だから土台のコンクリートから生えかけのぺんぺん草を引っこ抜きポイッと横に放る。
「頑張りなさいね。」
優雅な声援と
「そこももう少し。」
重箱の隅を突つく様な指先の指図を受けながらあたしは躯を動かした。これが意外と疲れちゃって終わる頃には体が暖かくなっていた。
「お疲れさまね。」
涼やかな顔の老女はそう言うとあたしの手に水のボトルを差し出すから
「あ。ありがとう。」
受け取ろうとしたんだけど
「違うでしょう?」
その人は蓋を開け
「手を洗うんですよ。」
ってその先を差し出した。
「あっ・・・・。」
「そんな手でお地蔵さんを拝んで帰るつもりだったの?」
そう言われ、そうだよなって気がついて。
「ありがとうございます。」
冷たい水を掌に感じ、すり合わせる様に清めた。もう良いよって思ったけどその人は500 mlを一気に使ってしまい
「これで帰りが軽くなっていいわ。」
そう言って総レースのハンカチをあたしの掌に押し付けた。
「拭きなさい。」
どう見たってそれは実用品じゃない。使う振りしながらあたしは自分の手折りハンカチをそっと取り出し彼女の目を誤摩化した。彼女の片眉が吊り上がり
「ついでだからそれ洗ってアイロンがけしておいて下さいね。」
面白そうに言った。
 あたしがここに来たのには訳が有った。そう、あのよだれかけだ。これからも一生作り続ける自信はないけど、一度位は作ってあげたかったんだ。返してもらった紙袋の中、本当は一人でやりたかったけどそうもいかず。じっと見つめられる眼差しの中、一枚一枚をお地蔵さんにかけてあげた。
「それじゃぁ古くなったものは私の方でお社に頼んでおきますね。」
老女は手を伸ばし受け取るから
「良かった。お願いします。」
あたしは正直に話してた。
「古くなったのゴミ箱に捨てるのって抵抗が有ったんですよ。」
なんて。つけ終わったお地蔵さんたちを二人で眺めながら奇妙な満足感覚えてた。
「これで年越せるって気がする。」
「本当ね。」
ふとその人が持っているかごを見ると、古いピンクのよだれかけの下には真っ赤な別の布が有り
「あれ、おばさんも作って来てたんだ~。」
その事にはっと気がついて居心地の悪さを感じた。
「あ、これね、良いのよ。」
その人はその中から一つを取り出し
「私ね、下手なのよ。」
見せびらかす様にひらひらと揺すってみせた。確かにそれはあたしの作ったよだれかけより何倍も下手だった。
「こんなのつけられるよりだったらあなたのものをつけた方が何倍も良いって事よ。でも良いの、来年はリベンジするんだから。」
ほほほって笑いそれをしまい込む。赤。同じ赤でもいろんな赤が有る。あたしもそうだけど、針で突いた指先から滲む赤もある。その小豆色を小さな布の中に幾つも認めながらあたしは物凄く悪い事をした気分になっていた。
「あなたっていい人ね。」
思わずうなだれてたあたしにその人は声をかけた。
「拝みましょう。」
って。それから二人しゃがみ込み手を合わせ
「妊娠していてこれだけ頑張ってるんだからお地蔵様もきっと大事にされて喜んでいるわよ。」
独り言みたいに呟やかれぎょっとするあたしに
「みんな一緒なの。」
彼女は前をしっかり見据えながら言っていた。
「みんな一緒。でも、誰にも言えないだけ。」
その人が立ち去った後にはクチナシの花の香りが残った。


  
  戻る    鏡 TOP    続く


                      あとがき



     


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Date:2009/01/28
Trackback:0
Comment:2
Thema:自作恋愛連載小説
Janre:小説・文学

Comment

*

意味深な発言・・誰だ??
ん~~~!
2009/03/02 【tomo】 URL #- [編集]

* > tomo 様へ

うふふふふ。
次話であっさり正体がバレますよ。
でもこの人についての前フリ、ちょこっとだけ有ったんです。
『あ~あの人?』
って感じです。でもって、稔ってそうだったんだ~って思うと思います。
お楽しみに~。
2009/03/03 【廣瀬】 URL #- [編集]

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