ストーリーズ・イン・シークレット

恋愛小説置いてます。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

 
 

Information

Date:--/--/--

32 ゴミ

 そして月曜日。あたしは産まれて初めて会社を
“ずる休み”
した。
“体調が悪いので病院に行きます。”
嘘じゃない。結局体はだるいまま。週末は寝て過ごし、家の非常食を食べ尽くして。あたしは宙に浮いている気分だった。
 いつもより遅い9時頃に家を出た。今日はゴミの日。あたしは大切だった糠床をビニール袋に二重に詰めて盛り上がっているゴミ捨て場めがけて放り投げた。ゴミはゴミだから。でもグシャって音聞いて少し後悔。的からちょっとだけそれていた袋。
「ったくっ。」
そう言いながらそれをもう一度ゴミを中央へ戻した。
 あたしは必死で現実逃避をしていたんだと思う。平日の携帯のブースはガラ空きで、ほとんど人のいない空間で阿呆みたいに独り言を繰り返していた。
「いいな、これ。」
「でもめちゃ高いよね。」
「どうしようかな~。」
誰も周りにいない事を良い事に
“元気なあたし”
演技していた。そうするうちに少しずつ携帯選ぶのに夢中になれた気がする。散々迷ったけどやっぱり最初に気に入ったヤツが一番良くて
「やっぱこれだよね~。」
最新式の機種で薄くて軽くて持ちやすくって。
「でも6万円かぁ。痛いなぁ。」
愚痴るあたし。そんなあたしに店員さんが声をかけて来て
「今まで同じ機種使ってたらポイント貯まってますから調べましょうか?」
なんて言ってくれた。彼は新卒でこの春入社したばかり。年下の子に楽しそうに話しかけられると田舎にいる弟を思いだす。悪く無い気がした。彼は今だったら新製品キャンペーンだからノーチャージで変えられると教えてくれた。
「それにこれ、出たばっかりで人気なんですよ。カメラの性能もグレードアップしているし、画面も見やすいし。」
「ん~、じゃぁこれにしよっか。」
結局決めたのは最初に選んだヤツだった。そう、人間の好みなんてこんなものだ。迷ってる様に見えて最初から決まっていたりして。
 あたしは新しい電話番号を選び終えてデータの移し替えを待った。
「全部移しちゃっていいですか?」
そう言われ
「あっ、やっぱアドレスだけ。」
そう頼んだ。本当は全て、なにもかもリセットしたかった。写真も撮り直せば良いし、たいしたメールも無い。でもそう言う訳にもいかなくて。ライフラインってヤツね。それからMのメールアドレスと携帯番号のブロックもついでにお願いした。「ストーカーさん?多いんですよ、おねぇさんみたいな人。」
店員の子は訳知り顔で頷いた。
「嫌な思いしてるから、信頼している人の情報以外シャットしちゃうんですよね。何だか嫌な世の中ですよね。」
なんて。彼はひょいっと肩をすくめた。
「僕も以前ちょっと嫌な思いしてるんですよ。でもその時は学生でお金無かったから携帯買い替えれなかったんですよね~。それに番号も簡単に変えられなかった時代だったから大変だったんですよ。それからは親とか親友以外にアドレス教えられなくなっちゃいましたからね。」
自分より年下の子が過去の事を
“時代”
だなんて話すんだぁ、って、ちょっとおかしかった。あたしももう歳だ。
 彼が潰した古い携帯がグシャって音を立て潰れる音を何度か思い出しながらその日は早めのランチを食べた。新しい携帯で一番最初に電話したのは稔にだった。
『こんにちは。はじめまして。乃木稔です。』
彼の声はスーパービジネスモード。きっと初めてのアドレスにお客だって思ったんだよね。
「はじめまして。」
つられてあたしも演技した。
「投資のアドバイスをもらいたいと思っているんですけど、予約を取れますか?」
なんてね。
『少々おまちくださいね。所で、どなたに私をご紹介頂いたでしょうか。』
この不景気なのに彼は儲かってんだな~って思った。
「中川涼子さんから。」
そう正体をばらすと、
『あ~。』
あんて彼は突然いつもの彼に戻った。
『なんだ、涼子かよ。からかうなよ~。』
「あはははは。騙された~。」
彼の声はマイルドであたしは癒されてる気分だった。
「いま、時間大丈夫?」
『ああ、10分くらいなら空いてるよ。』
それだけ有れば沢山だと思う。
「携帯変えたから。それでアドレス登録変えといてくれる?」
電話の向こうの沈黙が、あたしに何かがあったって察してくれていた。
「ご免ね、忙しい時に。」
思わず謝ってしまい
『涼子。』
そう優しい声で話しかけられた。
『辛い事が有ったら話せよ。』
って。
「うん。」
あたしは素直に頷いていた。
「じゃぁ話すけど、別れたんだ、あたし。勝利とね。」
さらっと口に乗せたはずが突然その言葉の意味がのしかかって来て、
「えぐっ。」
こんな時だっていうのに涙が湧き上がる。すると彼は静かに
『何があったか分からないけどさ、もし良かったらお前に“武器”
あげるよ。』
って言った。
『この前の話しだけど、どうせ涼子は真面目に選ばないって思ってたから僕の趣味で頼んでおいたんだ。』
何言われてるか全然分からなかった。
『やっぱり。』
電話向こうの彼が苦笑いを漏らす。
『偽装婚約の指輪だよ、ゆ・び・わ。ド派手な婚約指輪。さっきショップに届いたって言われたからすぐにでも受け取れるよ。僕はしばらくここ離れられないから、涼子が自分でとっておいで。お店にはそう連絡しておくし。』
ここに来てやっとピンときて
「ありがとう、稔。一生恩に着るからね。」
彼の言う通り、あたしには何でも良いから勇気が必要だった。例えそれが金づくでも、愛の無い婚約指輪でも。何かであたしを守っていたかった。この恩は一生忘れないからねって思いながらあたしは指輪を受け取りに立ち上がった。
 嫌でも生活しなきゃいけないから。すぐに会社ヤメる事を何度も考えたけど、その度に思い留まって
「次の仕事見つけてから。」
って自分に言い聞かせた。あたしの指には受けとったばかりの光り輝くダイヤの指輪。オモチャみたいに大きくてこんなのがサラリーマンの年収以上あるって言われてもピンと来ない。お金持ちはお金持ちだけど、庶民は違う。あたしだってそう。こんな世の中だからいい加減な辞め方したら次にまともに就職なんかできなくなってしまう。風の子になったら
“やっぱり”
って思われちゃうし、親を悲しませるのは嫌だ。第一あたしの性格じゃむり。でも勝利には二度と会いたくなかった。本気で逃げたいって思った。明日から会社にいかなくて済むんならあたしは一生携帯無しで暮らすのだって平気。この次あいつに会ったら叫んでしまいそうな気分だ。そんな事したらあいつに負けてしまう、そんな気分だけどもう良くって。帰り道に買ってきた就活の雑誌。それを見ながら夕ご飯はそうめんを食べた。食欲なんか無いけど、ただ死んでたまるかって思った。
 会社を辞められるのは30日後。多分、10月の末になる。
「はぁっ。」
あたしが悪いんじゃないのに、あたしが悪いんじゃないのにって。それでもあたしは明日上司に話す退職の言い訳を必死で考えながらベッドに横になった。
「妊娠したって言っちゃおうかな。」
それが手っ取り早いって事分かってる。だって、噂になってるんだもん。
「それが良いかもね。」
あたしにはくだらないプライドなんか無い。どうせあたしに未練のある人間なんかどこにもいやしないんだから。誰も噂の真相なんか気にしちゃいない。ただあたしを標的にして喜んでるだけだから。本当のあたしを見てなんかくれないんだ。
 その晩、夢の中で勝利が言った。
『ご免。』
って。
『ご免ね、涼子。』
って。あたしは
『別にたいした事じゃないから。』
って答える。そんな風に答える気なんかなかったのにどうしてだろう。夢って不思議。
『気にしなくて良いよ。それより、彼女はどうなの?』
すると彼の後ろからお腹に手を当てた可愛い女の子が現れて
『ふざけないでよ。』
って言った。どうしてだか分かんないけど彼女の名前が
“まこ”
だって事は知っていて
『偽善者面してんじゃないわよ、泥棒猫。あなた、自分から勝利誘惑しといて、何謝らせてんのよ。あなたが悪いんだからね。さっさと消えてよ!』
彼は困った顔で彼女をなだめる。
『終わった事だから。』
って。彼女に謝る。
『もうしないから。一番大切なのはまこだけだから。』
って。目が覚めて、あたしは泣いていた。今のあたしには現実でも夢でももうどうでも良かった。ただ、逃げたかった。
 それでも次の朝は重い足引きずって会社に行った。もう行かない訳にはいかないから。あいつに会いたくなくってかなり早い出社だった。快速急行に乗りながら、電車が事故ってくれてあたしだけ死ねたら楽だろうって思った。信号を渡りながら暴走した車が突っ込んできてくれないかなって。それから救急車で運ばれて、気がついた時にはベッドの上で。なんて。有り得ないけど。宝くじ当たる様な気分でそれを望んでいた。不謹慎かもしれない。でもさ、楽になりたかった。自殺する気はないんだけど、あたしの力じゃどうにもならない不可抗力ってヤツで、自由になりたかった。
 そして会社手前のコンビニのレジの並びで
「あっ!」
あたしはカーブ型の防犯鏡に見慣れた姿を見つけていた。
「嫌だ、こっちに来る・・・。」
それは少しくたびれたスーツと似合わないネクタイ。その彼が足を止め、何となくあたしの背中を見つめている気がした。あたしは動けずに固まってその姿を見ている。と、彼はきびすを返し何も買わずに店を出た。
「助かった。」
そう言いながら、勝利があたしから逃げた事、分かった。忘れるのが良い、忘れるのが良い。それはよく分ってる。彼もきっと忘れさせてくれる。彼はもう二度とあたしに近づかない。
 朝一で話しをした上司はあたしの肩を叩き
「分かったわ。」
を言った。
「辞めるつもりです。」
その理由なんか聞かなかった。それよりも意外な事に、あたしは有給をフルに使っても良いよって言ってもらえた。
「10月に役員絡みの人事で一人こちらに回される事になったから。経験者って言うし、多分問題ないと思うんだ。だから、大丈夫。心配しないで休んでね。」
「ありがとう、ございます。」
そしてあたしは10月いっぱいの休みをもらった。有り得ない様なラッキーが惨めだった。典子だけが
「事情有るんだろうから、あとでしっかり話しを聞かせてよ。」
って囁いた。
 それ以来、みんながあたしに気を使い始めたの、分かった。こういうの
“針のむしろ”
って言うんだっけ?どこからともなく感じる視線と、控えめな笑い声。噂になってるの、気づいてるよ。遠目に見かけた勝利が目をそらしている事も。誰もあたしに話しかけない。ましてや引き止めやなんかしない。
 ああっ、もうそんな事どうでも良いやって感じ。あたしはみんなが思うほど強くない。ぼんやり机に座りながら、慣れない中指のリングを回した。ダイヤは3カラット、スクエアの形が普通のブリリアンカットとはちょっと違う。ブルガリって言う割にはシンプルで、あたしの細すぎる指を繊細に見せてくれていた。それを光に透かせながら思ってしまう。あたしが本当に欲しかったモノって、何だったんだろうって。


   戻る    鏡 目次   サイトTOP   続く







      



スポンサーサイト

 
 

Information

Date:2009/02/14
Trackback:0
Comment:0
Thema:自作恋愛連載小説
Janre:小説・文学

  1. 無料アクセス解析
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。