ストーリーズ・イン・シークレット

恋愛小説置いてます。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

 
 

Information

Date:--/--/--

11 親友との距離  

『どうしても今すぐ相談に乗って欲しい事が有る』
マリリンの声は、切羽詰まっていた。
 荒川ちゃんと俺との関係はつかず離れず。でも、パイ生地を折り重ねる様に丁寧に、それなりの想いを積み重ねていると俺は信じていた。そして季節は四月。桜がほころび、人々は街に繰り出し、店もにぎわいが続いていた。
 電話が鳴ったのは、正午ジャスト。俺は激忙しい製パンルームの中、鳴りだした店専用携帯を慌てて取り出すと、いつもの様に営業用の声で
「はい、こんにちは。ベーカリー・シド。店長の志努です」
なんて、何でこんな時間に電話よこすんだよって気持ちを隠しきれるよう、持っていた小麦粉の大袋を作業台の上に置き、思いっきりの笑顔で張り切って返事をした。すると不思議な事に、電話越しのざわめきは聞こえるものの、肝心の相手の声が聞こえない。
「?」
なんだ、これはって思い発信人を見ると、そこには藤田真里子の名前が点滅していて。
「もしもし? マリリン? そこにいる?」
よっぽど電波が届かないのかと思ったが、そうでもないらしい。どこかのカフェにでもいるようなBGMが流れ、人の気配を感じた。
「マ~リ~リ~ン。お~い、返事してくれよ、こっちは忙しいんだけど」
実は二週続けて、テレビの
“春のイケメンなんとかコーナー”
に取り上げてもらい、それを見たお客さんが鬼の様に押し寄せてきていたんだ。しかも勝手に
“クロワッサン王子”
の称号をつけられ、死にものぐるいでクロワッサンを作らないといけないハメになっていた。まあ、ここは素直に喜ぶべきで、文句を言うのは筋じゃない。俺はもう一度電話に向かって叫んだ。
「マリリン! 聞こえている? 今、仕事用の電話にかかってるんだけど。何か言ってくれない?」
個人携帯と店の携帯の両方を知っている人間は少なく、彼女もその一人。俺がどれだけこの仕事を大事にしているか分かっている友人以外には、この番号は教えていない。つまり、かけてくる時は仕事の用件か、緊急のどちらかって事のはずだった。
 クロワッサンが焼き上がり、加藤君が俺を呼ぶ。なんだかじれったい気持ちで俺は携帯を頭に押し当て耳を澄ましながら、出来上がりを確認するべく釜の方へ足を運ぶ。それから送話ポイントに手を当て、
「はい、オッケー、出しちゃって。すぐ次のパン焼くから、同じ温度キープいておいて」
指示を出し、もう一度電話に戻る。
「マリリン! 何か言ってくれない?」
何かが起こった事は確かで、それが何なのかは全く分からず、苛立つ俺の声。そんな俺の様子を、お店から製パンルームにバゲットの売り切れを告げに来た荒川ちゃんに見られ、彼女は意外な顔をしてすぐに戻っていった。こんな姿を見られるのは嫌だったし、マリリンとの関係を邪推されるのも嫌だった。
「出ないんなら切るぞ」
本気で切ろうと思った。そのとき、彼女が言ったんだ。
『ご免』
って。
『忙しいの分かってるけど、でも、どうしても今すぐ相談に乗って欲しい事が有る』
まるで彼女の声とは思えない、腹の底から絞り出す様な声。
「本気?」
“忙しいと分かっている”
彼女は言う。そりゃ当然だ。マリリンだって一流ホテルの工房で修行している身だ。この時間帯の食品関係のお店の厨房がどんな状態か、分からないはずが無いのだ。俺はため息が出そうになるのを堪え、
「ちょっと、ご免、外す」
とスタッフに声をかけ、
「一分だけだぞ」
念を押しながら、奥の控え室へと向かった。なにしろ彼女は親友で、この店を立ち上げる時にも散々手伝ってもらった一人なのだ。その上、この数ヶ月、荒川ちゃんとのおままごとみたいな甘酸っぱい関係を散々相談し、俺にとっては重大でも、彼女にしてみれば超つまらない話を長々と聞いてもらっていた。その事を思い出すと、さっきまで感じていた苛立ちが薄れ、申し訳ない事したなって思えるから不思議だ。
「何有った?」
男勝りの彼女は、今まで一度も泣き言を口にした事が無かった。
「俺で良いんだろう? 相談乗るからさ」
多分、以前の俺だったらこんなとき、仕事を優先していたなって思う。恋愛だとか友情以前に、大人の男としての自覚やプライドの方が何よりも大事だったんだ。そんな俺が、荒川ちゃんを通して変わったんだって思うと、なんだか優しい気持ちにもなる。
「ほら、誰もいない所に来たから、安心して話せよ」
すると彼女は、ぼそぼそと何かを口にした。
「えっ? 悪い、聞こえない」
片方の耳を指で塞ぎ、彼女の声がはっきり聞こえる様にし、繰り返す。
「聞こえるように言ってくれ」
帰ってきた答えに、耳を疑った。
『妊娠した』
そしてもう一撃
『堕ろすつもりだから』
頭の奥にパンチ喰らった気分だった。
 それから後の数時間は、ただひたすら体を動かし仕事をした。
『名前だけ、貸して欲しい』
最後のクロワッサンが焼き上がったタイミングで、また新しいテレビの取材の打診が、同じ電話にかかってくる。
「ああ、その日ですか、良いですよ。でも時間だけ選んでください。はい、日曜日の方が朝は空いているので」
ブラッスリーAから白身魚のテリーヌが届き、来週のバゲット・サンドのメニューが決まる。
「野菜の仕入れにチコリ加えていておいて」
ホワイトボードに書き込まれる荒川ちゃんの几帳面な文字、
「美味しそうですね、ご相伴預かっても良いですか?」
の笑い声を聞き、
「もちろん、味知らないで出せないでしょ?」
彼女にだけ聞こえる様に、小さく返事をし、笑ってみせる。
「後で食べよう」
でも目を合わせる事が出来ない。
『電話で話す事じゃ無いって、分かってるよ。分かってるけどさ、でも、今言わないと、言えなくなるからさ、勢い』
笑う声? 笑う声。マリリンは無理に笑う。俺は店が終わる時間にマリリンに来いと言った。直接話しを聞きたいって。
『本当、そうだよね』
ため息。ほっとした声? 
「本日のパン、全て完売しました」
誰かが合図する。
「はい、今日もお疲れさまでした」
いつもの表情で返事をし、オープンと書かれた入り口の案内を下げようと扉に向かい、新しく入ってこようとした女性に
「済みません、もう完売で」
と頭を下げようとする。
「じゃあ今度はもっと早く来るね」
聞き慣れた声。
「あっ!」
客だと思ったのは、マリリンだった。
 彼女はいつも背中まで有る長い髪を三つ編みにし、綺麗に結い上げていた。前髪もわざと伸ばし、オールバックだ。その方が清潔だって言って。でも今日はまるで違う。結わえられていない髪は、まるで黒いシーツの様に広がり顔の半分を覆っている。隙間からのぞくマネキンみたいに整い過ぎた顔からは、腫れた目元だけが異様に光っていた。着古したジーンズと男物のシャツは、ただでさえ細い彼女の体をより細く見せていて、まるでドラマの一コマみたいな錯覚を覚える。でもこんなとき、なんて声をかけていいか分からない。
「お店、あと少しかかるから」
肩をすくめ
「……手伝おうか?」
擦れるマリリンの提案に首を振った。
「いいから。それより先に部屋行っていて」
開店当時、彼女はしばらくこの店を手伝ってくれ、勝手をよく知っていた。でも、こんな彼女をみんなに会わせるのは嫌だったし、肝心の俺がみんなの前で彼女に普通に接する自信が無かった。
「ほら、これ」
俺はマンションの鍵を取り出し、彼女の手の中に押し込んだ。
「部屋番号は802覚えているだろう?」
「うん」
マリリンはキーを受け取ると、ぎゅっと握りしめた。
「ありがとう」
背中にスタッフの視線を感じながら、
「キッチン使って構わないから、コーヒーでも入れて、楽にして待ってて」
俺は彼女を店の外へと追い出した。
「今の真里子さんですか? なんだか、いつもとかなり違う? 大丈夫ですか?」
もともと彼女を崇拝していた感のある佐藤君がいち早く気づき俺の方へとやって来ると、心配そうに聞いてきた。
「しばらく見ないうちに、激やせしていますよね」
「ああ、うん。なんだか相談が有るって言われたんだけど、そのせいかもね。でも俺も詳しくは分からないから」
彼女は俺の友達で、お前の知り合いじゃないしょって、そんなニュアンスで俺は話を切り上げる。
「それより、さっさと仕事終わらせよう」
これから俺は、最低に嫌な仕事をしなきゃいけないんだから。
 俺の方を極力見ない様にしながら作業を続ける荒川ちゃん。みんなが帰った後、二人きりの店には奇妙な沈黙が流れ続けた。彼女は何かを感づいていて、距離を置こうとしていた。それに先に堪えなれなくなったのは、俺の方。
「さっき来た彼女はね、友達の真里子さん。この店を立ち上げる以前からの友達で、なんだか物凄い心配な事が有るから相談に乗ってくれって言われた」
何言い訳しているんだよって感じ。こんな話、別に荒川ちゃんだって聞きたくなんか無いんだろうなって思いながら、そのくせ
「潤さん、善い人だから」
と全てを飲み込んでくれる様な微笑みを浮かべた彼女に、俺は俄然心が落ち着く気がした。
 その一時間後、俺は
“人口流産の同意書”
と書かれた紙を、目の前にしていた。



戻る ≫   トゥルー・ラブ TOP   サイトTOP   本棚    ≪ 続く



      b_search.gif    にほんブログ村 小説ブログ 恋愛小説(純愛)へ
 
wan_ban_02.gif   novel_bn_s.gif      035.gif    

オンライン小説/ネット小説検索・ランキング-HONなび    romance_banner.jpg   otome_banner.gif  webrank-banner.gif  

bxgm2banner.gif   newbanner.gif   nnrbanner.gif


▲ ランキングになります ♪ 押して頂けると励みになります ♡ ▲
スポンサーサイト
 
 

Information

Date:2010/12/28
Trackback:1
Comment:0
Thema:自作恋愛連載小説
Janre:小説・文学

  1. 無料アクセス解析
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。