ストーリーズ・イン・シークレット

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8 優しい夜

 静かな夜、長い夜、長電話。俺は携帯に向かって話し続けた。
「荒川ちゃんってさ、年下とは思えないほど、趣味が渋いんだよね」
仕込みの最中にかけていたラジオから流れ出したビートルズ。
彼女は無意識って感じで体を揺らしながら
“I Want To Hold Your Hand“
をクチパクで歌っていた。俺の場合、たまたま兄さんが好きだったからビートルズだって分かったけど、それじゃなきゃ英語の歌なんて誰のかなんて分からない。
「良く知っているね、ビートルズなんて」
褒めているつもりの俺に、彼女は顔を赤らめ謝った。
 マリリンは興味津々で、荒川ちゃんについて色々と話を聞きたがる。
「実家は千葉って言っていた、太平洋側の。そんな遠くない。でも高校卒業してからずっと東京で一人暮らしだって。うん、ずっと派遣」
『そっかぁ、派遣で一人暮らしかぁ。生活、大変だね。実家から通える所で仕事すれば良いのに』
「そうなんだけど、どうしてなんて、聞けないって、本人に」
『だよね~』
何かが有るって感じているからこそ、本人が話さない限り聞けない事もある。
『ねぇねぇ、本当、要らないお世話だけど、ベーカリーのパートだけで食べていけるの?』
「ああ、それはね、在宅ワークもしているらしいから」
『それって、時給5000円とかってタイプのチャットじゃないよね? 彼女、可愛いって言ってたじゃん、怪しい~』
マリリンらしいあけすけな聞き方に俺は笑った。
「それは無いよ。もしそんな事してたら、残業で夕方までの残ってくれた挙げ句に、次の日の朝も五時に仕事始まるパン屋なんかでパートしたいなんて思わないって」
荒川さんは下ろした髪の一本一本を風に膨らませ、毎日四時四十五分にやってくる。ちょっとサイズの大きい自転車に乗って、朝からやたらと元気いっぱいに。寒さで色が抜け白くなった頬に手を当てて、朝が寒い日はよく晴れるから気分がいいですねって口にする。それから、人には見られない様にこっそりとリップクリームを塗る背中が、女の子。でも制服に着替えるのには、五分もかからない。奥の休憩室から出てきた彼女は、いつも髪をくるくると巻き上げクリップで留めている。それから前髪もポンパドールとか言うスタイルできちんとまとめ、いかにもこれから頑張りますって感じ。話す言葉も、いかにも派遣で鍛えられたって感じの丁寧語が多くって、親しいけどタメグチとは一歩距離を置いている。そんな彼女が、ガッツりメイクしてパソコンの前に座ってチャットレディをしているなんて、どうやっても考えられなかった。それに風俗やりたかったら、普通にキャバ嬢すればカラダ売らなくてもほどほど稼げるってもんだ。下手に画像を送って保存され、脅迫されるかもしれないなんて危ない橋を渡る様な事は間違ってもしないだろう。
 と、このとき俺は気がついた。俺は完全に彼女の言葉を信頼し、パソコンでの在宅ワークをしているって話を丸っと信じている。思わぬ沈黙が訪れて、先に口を開いたのはマリリンだった。
『ねぇねぇ、潤ってさ、なんだか不安なんじゃん?』
なんだかんだ言ったってマリリンは女だから、勘がいい。
『荒川ちゃんって子、物凄く良い子で、カンペキで。ある意味出来過ぎちゃっているよって。だってさ、話を聞いていると、良い所ばっかりじゃん。真面目でよく働いて気が利いて。でも他人の事悪く言わないし、いつも笑っていられるなんて。気味が悪いってのからはズレてるけど、もしかしてあんたの事を信用していなくって、素を出せないでいる、演じちゃっている、みたいな。あんたが彼女の事を信じれば信じるほど、騙されているんじゃないかなって思えちゃう不安感?』
「まぁね」
俺は嘘のつき様がなく、そう答える。だって、誰にだってブラックな部分が有るはずだ。それが出てこないってのは、ある意味天使? それって、おかしすぎるよ。
『あ~あ』
耳もとに届くおかしそうなマリリンの声。
『そんなもんだって、うんうん』
何がそんなものか分からず返事に困る俺。
『こんなこと言っちゃなんだけどね、あんた、恋愛経験少ないから』
ある意味図星で、俺は思わず顔を赤くしていた。
「そんな事無いって、お前だって分かってるだろう?」
微妙に、男のプライド。ただ遊ぶだけで、本気の恋愛経験が無いって事は、大人の男にとっては致命的。
「ってか、マリリンだってそんな経験豊富って事じゃ無いでしょ?」
当てつけに相手に振り返す。彼女にはそんな俺の気持ちを分かるらしく、
『はいはい』
含み笑いが聞こえる。
『そういう事にしておきましょ~。でもまぁ、少しつづ距離縮めていくんだね。運命がどんな風に転ぶかなんて、誰にも分からないし』
そう、運命の行き着く先が何処かなんて誰にも分からない。それでも、私で良かったらいつでも話を聞いてやると言ってくれる、友達の言葉はいつも温かい。
「あぁ、そうさせてもらおうかな、ありがとう」
もちろん
「お前も何か有ったら、絶対俺に相談しろよ」
約束だ。
 以来、毎日が普通に過ぎ、他愛も無い
“報告”
ばかりが続く様に見えた。
 俺は荒川ちゃんについて知りたい事が山ほど有ったのに、具体的に何を聞く事もなくただパン作りばかりして、私生活での関わりはまるで無く。それでも二人の間は、一日に数ミリづつ近づいている、そんな感じだった。
 そして荒川ちゃんに今彼がいないって知ったのは、クリスマス直前の事だった。24日も25日も店は有り、そこでの勤務は大丈夫かって俺が振った時だった。折しもウェブに載ったイケメンなんとかの所為でひっきりなしに客がきて、クリスマス限定シュートレーン三千円也を買っては、ヤドリギの下でのリクエスト付きで俺と写真を撮ってゆき、一番パンを作らないといけないはずの俺が、製パンルームと店内を行ったり来たりして落ち着かなかった。それに今まで以上に張り切っていたスタッフが、荒川ちゃんをアテにし、オーブンで焼ける限りのパンをせっせと作っていた。その上、シュートレーンが有れば売れる状態で作らない訳にはいかず、いつもより長く残業してもらい、手伝いをしてもらっていた。
「クリスマス近いのに、マジで仕事して大丈夫? 友達との約束とか有ったらご免ね」
その時は、本当に申し訳ないなって思ってそう言った。すると彼女はパン作りの手を休める事なくいつもの笑顔を浮かべ、さりげなく返した。
「そんなの、仕事優先です。って、聞いてるのは彼氏の事ですか? 分かってるじゃないですか。別れたばっかりで新しい彼作るほど、タフじゃ有りません。今の私はブロークンハートですから」
明るくカラッとした声に、一瞬
『じゃあ、俺が誘っても良い?』
そう言おうとし、止めた。そりゃ、やったあって思ったのは本心だ。でもだからって言って今の俺は簡単に彼女にアプローチする気にはなれなかったんだ。そう、今までの俺の経験上、近づくのが早ければ早いほど、離れるのも早い。それに彼女は遊びで付き合える程、安くはないし、軽率な行動で今まで築いてきたはずの二人の関係が壊れる事を怖いと思った。それに何よりも、彼女の返事は暗に、
“今は彼氏なんか要らない”
と言っていて、絶対にタイミングが悪かった。だから
「あっ、そうなんだ。ふ~ん」
てな感じで話題が微妙にずれる様に
「じゃあさぁ、荒川ちゃんのタイプってどんな男? 俺みたいなハンサム?」
笑い飛ばしてもらえるって分かっていて、振る。本当は元カレがどんなタイプかってストレートに聞きたい気持ちを見せない様に。すると
「それ聞いたら、セクハラです」
彼女はふふふっと笑いながら
「でも教えましょう、潤さんみたいな真面目な人ですよ」
ちくりと釘を刺し、俺に
「参ったなぁ」
と言わせ、話を終わらせた。
 結局、俺達は仲のいい同僚として新年を迎えた。
 そして事件が起きたのは、年明けすぐの事だった。
 その日は年始らしいよく晴れた日で、ウェブ連載の余波が残っていたらしく、朝からお客がひっきりなしに来ていた。念のためにと用意していた目玉商品、パンとラスクの福袋の方も好調の売れ行きで、
「今日も滅茶混みますね」
のスタッフの声に、
「そうだよね。まだこれがしばらく続く様だったら、もう一人アルバイト募集しないといけないかもね」
なんて、悪くない気持ちで応えていた。
 店の中にはいつでも人がいっぱい。そして店の外でも人影が揺れていた。その中に、ひときわ背の高い男がいて、時々店の中を覗き込んでいる姿が有った。それに一番最初に気がついたのは、歳若い加藤ちゃんで
「ライバル店の視察って感じじゃぁないですよね。もしかして、潤さんの“新しいファン”かも知れませんよ」
と意味ありげにニヤニヤと笑った。
「冗談じゃない」
俺にソノ手の趣味はなく、なんだか胡散臭いと思って見ていると、彼はしばらくして店の中に入ってきた。着ている物はくたびれたジーンズにダッフルコートだが、兎に角目立つ。一般人に化けた王子様みたいな男だった。彼の悪びれた風もなく何かを探す目つきであたりをぐるりと見渡す仕草に、嫌な予感が迫り上がってくる気がした。
「いらっしゃいませ」
俺は警戒心からカウンターに立ち、悟られない様に彼を観察する。俺や兄さんより身長が高い位だから、多分180センチは超えているだろう。歳の頃は俺と同じか少し若めだろうか。線が細い割りにはなよなよとした感じがなく、以前はバスケットなんかやっていたんだろうなって雰囲気だ。彼の左の肩には学生風のザックが背負ってあり、時々きょろきょろと周りを見渡しながらパンを選んでいた。髪はやや長めでルーズにカットされ、手には見慣れたウェブページのプリントアウト。周りの女性客が投げかける、こっそりと盗み見る様な視線を意に介さない、注目される事に慣れている男。そいつはかなり時間をかけて品物を選んだ後、製パンルームの方を気にしながらレジの並びに加わった。そして順番になり、会計よりも早く五千札をカルトンに乗せると、もう一度奥の部屋を覗き込む様に体を乗り出した。
 ふわっと香る、清潔な石けんの香り。鼻筋の通った左右対称な顔に、奥二重の涼しそうな目元。俺のチャームポイントの右の八重歯や笑った時に出来る片えくぼが、彼と並ぶとまるで下町のアイドルみたいに下品に写る気がした。彼はすこぶるテノールで
「恐れ入ります、失礼だとは思うのですが」
これっぽっちも恐れ入る事無く、手にしていたウェブページのプリントアウトを広げた。
「この子、今でもこのお店で働いていますか?」
指差したのは、紛れもなく荒川ちゃんその人だった。俺は何となく予感が有ったとはいえ、思わずむっとして
『本当に失礼だよ。プライバシーってのが有るでしょ?』
って断ろうかと思った。この手の男に、荒川ちゃんの周りをうろうろして欲しくないと思った。しかしまるでこの瞬間を狙ったかの様に
「期間限定、シナモン風味のリンゴのディニッシュ、焼き上がりました」
の元気のいい声が店内に響いた。同時に男の顔に笑みが広がり、振り向きながら
「紫乃!」
彼女の名を呼んだ。荒川ちゃんは目を見開き、
「どうして?」
そう呟くと、俺に向かって泣き出しそうな戸惑いの表情をくれた。しかし彼はそんな彼女の様子を気にも止めた風もなく、周りから浴びている大注目を物ともせず
「やっと会えた!」
と一人ではしゃぎ、大きく手を広げ彼女に抱きつこうかという勢いだった。荒川ちゃんはたじろぎ、一歩体を引いた。
「お客さん」
「止めてください」
俺の声と彼女の声が同時に重なった。荒川ちゃんは眉間に深い皺を寄せ
「今、仕事中なんです、ここでは止めてください」
俺より先に彼を制した。 
 この成り行きを呆然と眺めながら、頭の片隅で、今晩はマリリンにたっぷり話を聞いてもらう事になりそうだという声が聞こえた。




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Date:2010/12/14
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Thema:自作恋愛連載小説
Janre:小説・文学

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