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ストーリーズ・イン・シークレット

恋愛小説置いてます。

4 第一印象

 ねぇ、水琴窟って、知っている? 俺は一度だけ見た事が有る、というか、あの音を聴いた事が有る。高校生の頃、何かのレポートで必要だとかで、友人に古い日本庭園巡りにつき合わされた事が有るからだ。退屈しながらぶらぶら歩いている足下で、突然不思議な音が湧き出して
「なに、これ?」
てっきり空耳だと勘違いする俺に、土の中に埋められた瓶の中に一滴一滴と水を垂らして共鳴音を楽しむ昔の玩具の様なものだと、友達が教えてくれた。
「ヘぇ~、こんな、凄いね、昔の人って」
静かな響きが空気を振るわせ、余韻となって体の中に滲みてくる。まるで虹の空が広がるみたいな音がすると感じた感動を、まだ覚えている。
 あとからこの出会いを思い出す度に、俺の頭の中にはあの音色が再来する。二人きり、切り取られた空間、雨の雫、彼女の澄んだ声。消え入りそうな共鳴音は、いつまでもいつまでも俺の中で鳴り響く。

『くれぐれも』
兄さんに頼まれた。
「雇うか雇わないかは潤次第だ。でも、彼女はとても真面目なお嬢さんだから、もし雇う事になったら、くれぐれも、よろしく」
別れ際、あまり強くない口調で俺に向かって小さく頭を下げる兄さん。さりげなくやったつもりかもしれないが、俺には分かった。頭を下げている時間が長過ぎた。
「俺、他の事はいい加減かもしれないけど、この店の事だけはマジだし。だから、よろしくって言われても、キチンと仕事をしてもらう事が先。それができない人だったら、その時は申し訳ないけど、たとえ兄さんの紹介でも辞めてもらう時には辞めてもらうから」
突き放した厳しい言葉に聞こえるかもしれない。でも、兄さんの頬が僅かに弛み安心したかの様な表情を浮かべるのを見て、俺は兄さんが期待していた言葉を返せた、そう思った。
兄さんはその人が絶対に真面目に働いてくれるって事を確信し、俺が彼女を正当に評価する事を望んでいると思ったんだ。そんな風に兄さんに信じられている彼女の事を、ちょっとだけ羨ましいと思った。それにしても、大手商社には普通にお嬢様が沢山いる、その中で、派遣で働いている、言うなればお手伝いさんみたいな役割でありながら、あの兄さんに
“お嬢さん”
と言わしめる女の子って、どんなんだよって期待も有った。
 こうして会ってみて、ああ、なるほどって思う。着ているものは今のものだけど、何となく大正時代の女性みたいに、無垢で堅実、ある意味純粋すぎて頑(かたくな)で、脆い所が有ると感じた。そしてその直感は的中する事になる。
 寒さのため薄紫になった唇と、血色の抜けた白い肌、大きく潤んだ瞳。さっきまで凍えて丸めていた小さな背中を俺の前ではしっかりと伸ばし、強張(こわば)った頬に笑顔を浮かべ、精一杯の敬意ってヤツを伝えようとする彼女を、凄いなって思った。
「ここじゃなんだから」
俺は意味もなくドキドキしながら彼女を店に中に入れようとした。こんな小柄で華奢な子を早速雨の中を野ざらしにして、風邪なんかひかれたら兄さんに申し訳ないじゃないか、なんてなんだかどうでもいいような理由が頭に浮かび、何自分に言い訳しているんだよって思った。たまらない気分だ。しかしよく考えれば、濡れたままで店に案内するのは色々な意味でまずかった。なにしろこの時間帯は裏口に鍵をかけていて、奥の控え室に案内するには店内と厨房を突っ切る必要が有ったんだ。
 別に俺が必ず店にいないといけない訳じゃない。今釜に入っているパンの焼き上がりはまず問題無さそうだし、他の人に確認してもらえば済む。俺は彼女にそのまま外で待っていてもらい
「済みません、朝話していたパートの人が来てくれたんで、ちょっと上行ってきます。もし何かったら、携帯に連絡ください。それから川越さんに14時の焼き上がりチェックお願いしていきます。良かったらそのまま出しちゃってください」
そうスタッフに声をかけ
「じゃあ、こっちで話そうか」
店から離れようとした。すると
「どこに行くんですか?」
あからさまに不信そうな声を出し、彼女は足を止めていた。いけない、いけない。
「そんな格好で店の中入ったらみんなが気を使うでしょう? だからこれから俺の部屋で二人だけで話そうと思ってさ」
すると彼女は大きく目を見開いた。俺はその表情を読み違え
「ああ、俺の家ね、この店の入っているマンションの802」
小さく上を指差す。どこか遠くへいく訳じゃない。でも、ぼやぼやしているともっと濡れてしまう。
“いつも女の子にしている様に、普通に”
と意識しながら、それでも馴れ馴れしいかな、なんて迷いながら彼女の肩にそっと手を触れ、足早にマンションの入り口へと連れて行った。
 広いエントランスでこっちに背中を向け、傘の水滴を丁寧にはらう彼女。その姿はどことなく小動物に似ている。
「荒川さんって律儀だね」
「そんな事、無いです」
肩をすくめ横目でちらりとくれた視線に、なんだか警戒されている気がした。
 エレベーターに乗り込んだ時も、彼女は俺から距離を置いたまま言葉を発しなかった。今まで女の子と一緒にいてこんな経験は無かったから妙に戸惑ってしまう。もしや嫌われているのか? 有り得ない予感に囚われながら俺は話しかける。
「あそこでかなり待っていたんでしょ?」
多分、彼女にはこれから一緒に働いてもらう事になる。工房の雰囲気がパンの味を左右するって事を俺は知っているし、兄さんとの手前、仲良くしたい。
「いえ、そんな事は無いです、全然です。それより早く来てしまって悪かったのは私の方なのに、気を使ってもらって済みません。お店、忙しかったんじゃないですか?」
相手を気遣う優しい声色を、よく分らない人なのに、彼女らしいと思った。
「そんな事無いよ。丁度空きはじめの時間だったから」
ドアが開き、すぐ斜め前が俺の部屋。このマンションは本当に兄さんの持ち物で、この部屋も店も兄さんが格安で貸してくれている。
「それにしてもあのとき」
鍵を開けながら、ささやかな疑問を思い出し口にした。
「初対面でよく俺が店長だって気がついたね」
自分が“店長の風格“じゃあ無いって事ぐらい知っている。すると予想していなかった濁った返事が聞こえた。だから思わず振り向くと、彼女は顔を真っ赤にしてうつむいた。
「志努さんから詳しく聞いていましたから」
それはよっぽど俺には言えない事らしい。でも好奇心には勝てなくて
「へぇ、なんて?」
思わず荒川さんの顔を覗き込んでいた。すると
「あの、聞いたって話ですけど……」
子供が嘘をつく時の様にちょっと言葉にもたついたあと
「とにかくハンサムで目だつ人が店長だからって。志努さんに詳しく教えてもらいました」
と言い切った。一度話すとあとは立て板に水。
「ほっそりしている人だから、イケ面過ぎて引いてしまった時には、あなたの事を“麦の穂”だと思えば緊張しないって」
麦の穂? 兄さんがそんな事を言ったのか?
「嘘じゃないですよ」
ここで彼女は初めて表情を弛め、クスッと鼻に皺を寄せた。
「髪が少し長めで、ホストクラブのナンバーワンみたいな目つきをしてるから、夜の世界の人かもって思うかもしれないけど、ちゃんとしたパン職人だって。小さい頃からお店を持つ事が夢で、ずっと頑張ってきていて、仕事している時は別人みたいにカッコ良いから、色々な意味で騙されない様に気をつける様に言いつかってきました」
そりゃないだろう、兄さん。一体何吹き込んでいるんだ。他の人にどういわれても気にしないけど、さすがにあの上品な兄さんの口からそこまで言われるとは。しかも何だよ。さっきから彼女が緊張していたのは、俺に捕って食われるとでも思っていたって事なのか? きっと驚く気持ちが顔に出してしまっていたに違いない。彼女の目がいかにもおかしそうに笑い、俺達の間の緊張はほぐれていた。
「まっ、まぁ良いけど」
そして
「しまった!」
扉を開け、ちょっと後悔する。言い訳みたいに聞こえるかもしれないが、多分俺はキレイ好きな方だと思う。というかそのはずなのだが、昨夜遅く帰ってきたせいか、朝ぎりぎりに起きてしまい、今日に限ってゴミを出すのを忘れてしまっていたのだ。しかも、もう着ないだろうって思う夏物の服だとか、古い雑誌もごっちゃにし、山の様に。
「これは、凄いですね」
彼女はえくぼを浮かべ、笑いを堪え、
「まぁ、どうせ俺、こんなだから。別に緊張しなくっていいんじゃない?」
そして、立つ隙間がほんの少ししかない散らかった玄関に、彼女を案内する事になった。


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Date:2010/11/30
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Thema:自作恋愛連載小説
Janre:小説・文学

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