ストーリーズ・イン・シークレット

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74 金曜の夜


 あの頃、体だけの関係だった頃、私たちが会うのは決まって金曜の夜だった。薄暗がりの中で待ち合わせ、誰にも気づかれない様にそっと闇にまぎれネオンをくぐる。ひっそりと素早く二人だけの世界に堕ち、表面だけをすり合わせながら、一番大切な部分は決して明かさず。私は夜の支配者で、勝利の上に君臨しているかの様に見せていた。そのくせ寂しくて、セルロイドでできた人形の様な時間を過ごしていたものだった。
 それなのに再会してからの私達は、これ見よがしな程昼の世界を歩いた。みどりの芝生、煌めく噴水。子供達の嬌声。さざめく木々の葉に、吹き抜ける風。それは子猫を抱きしめる様な暖かな感触。真昼のバンパイアは憧れた世界をついに手に入れたかの様に見えていた。
 そして今晩、この金曜の夜に彼が来る。マンションに彼が来るのは始めての事で、電話越しに渋る勝利を
「今インフルエンザ怖いから外に出たくないの。お願い。子供達が心配だから」
彼の弱点を知っていて、強引に誘う。
『よりによって別れ話をしたいと言っているその時に、初めて自宅に誘うなんて』
彼はきっと複雑な気持ちでいるに違いないよなって思った。それでも私は
「時間は夕方の六時ね」
仕事が忙しいって分かっていて、たたみかける。会社からここまで、時間に間に合う様に帰るには五時半には退社しないといけない。それでも今回だけ。今回だけは我が侭を聞いて欲しかった。
『わかった。それじゃあ金曜日に』
ため息を隠しながら頷く彼の声。
「ありがとう」
私はほっとした声を出していた。
 そして約束の日、子供達を学校に送り出した私は今夜の料理にとりかかる。基本肉じゃが。茄子の煮浸しに、青じそを巻いた一口サイズの照り焼きハンバーグ。みそ汁は夜に作るとして、ご飯は糠漬けを刻んで作る炒飯だ。
『これを出されて嫌いだって言える男がいる?』
ってなメニュー。三日間ずっと考えて、昨日の買い出しでやっと決まった献立だった。くつくつと鍋の煮込まれていく音がキッチンに響く。長葱を刻んで混ぜたハンバーグのタネはあとは寝かすだけ。昨日のうちに作っておいたデザートのリンゴのコンポートはシナモンと一緒に冷蔵庫で出番を待っている。
 思いのほか早く仕込みが終わっちゃって手持ち無沙汰になってしまい、気の向くまま家の中を掃除しまくった。キッチンにテーブル。床に窓ガラス。それからソファの下にテレビの裏側。まるで大掃除。
 彼がやって来る。決心を抱えやって来る。家中には甘辛い香りが漂って、三人掛けのソファァにはふかふかのクッション。家全体が
“ここは家庭だ”
ってアピールを精一杯していた。
 私がやっている事って子供っぽいなって思う。でもやらずにはいられない。この家に足を踏み込んだ勝利が
『ここに居たい』
そう思ってくれる様に。本気で別れると決めた彼の気持ちが揺らぎます様に。想いを言葉にする前に、彼にこの家にいて欲しいって事が伝わります様に。今まで足りなかった私の努力が、もう少し前進を見せてくれます様に。
 ふと気がつくと時計の針は午後の一時半を回っていた。
「何だかお腹空くね」
私は子供用の甘いヨーグルトのカップを二つ平らげ夜に備える。
 それから手を綺麗に洗ってリビングのチェストの上に飾っているドーム型のオブジェに近づいた。
「ねぇ、稔。私の事、応援してね」
それは一見
“かまくら”
みたいに見える白い形をしていて、ルームライトみたいに光らせる事ができた。でもそれには窓がついていて、左右スライド式で中が開く様になっている。磨りガラスの様なその表面に指をかけそっと開くと、懐かしい顔がにこやかに私に向かって微笑んで。その写真の両脇には陶器でできた白い菊の花が飾ってあった。そう、これは稔の仏壇だった。
 彼の遺骨は乃木の実家に収めていた。もちろん、本家代々の仏壇に彼の位牌も安置されている。でも私は私で彼の存在を近くで感じていたかった。だって彼は私達の天使だったから。今でも生活の一部で、私達の事を見守っていてくれているって信じてた。
 その彼に手を合わせ、写真の奥に仕舞っていたビロードの小箱を取り出した。ゆっくりとふたを開けると、中には真っ白いクッションに指輪が一つ。
「懐かしい」
それは私がしている結婚指輪の片割れだ。そっとつまみ上げ目の上にかざし、失われていない輝きに思わず笑みが浮かんでしまう。私達は
『死ぬまでお互いを大事にする』
と誓い合い、この指輪を交わしていた。そして彼が死んだ今もなお、私達の愛は生きていると思う。私は思わずいたずらし、彼の太い指輪を左の薬指に重ねる様にはめてみる。当然ぶかぶかだったけど、そのどっしりとしたラインの重なりは不思議なくらい美しかった。私は笑顔を消せないまま指輪を外し元の場所へと戻した。
「でも、ご免ね。私もそろそろ決心して自分の人生歩くよ。稔にだけ頼って生きていくのは卒業しようかなって思うんだ。それに勝利との事が上手くいかなくても、その時はその時で、またいつか本当の恋ができる様、頑張るから」
そして私は自分の指輪を外した。指輪はあっけなく私の指から滑り落ちる。結婚して随分指が細くなったらしい。内側を見ると、確かに私達の名前が刻んである。
“M to R with Love”
これは宝物だ。箱のふたを閉めながら、摩利と天仁が成人する時に一つづつプレゼントにしようかなんて考える。そしてふと気がついた。あの頃、私は勝利のことを
“M”
って呼んでいたんだっけなって。
 
 子供達は急いで帰って来たらしく、軽く息を弾ませながらマンションのドアを開けた。
「ただいま!」
「勝利は、まだ?」
彼が始めてこの家に遊びに来てくれると話したのは今朝の事で、その事がよっぽど嬉しいらしかった。
「手洗いうがいを済ませてね。それから宿題終わらせないと、彼が来ても遊ばせてあげないからね」
大騒ぎの彼らを洗面所に追いやり、ランドセルの中から洗濯物を取り出す。
『天仁を助けてくれた人と、それなりに仲良くやってるよ』
そんな事をジョージに告白したのは七夕の前の事だった。
『へぇ~、やるじゃん』
彼はそう言って私の頭をポンポンと叩き
『まぁ、お前も猫被ってればそこそこ良い女だから、上手くいくかもよ』
と笑い
『頑張れよ。ちょっと子供達から話は聞いてたけど、好い男みたいだし。俺程までとはいかなくても、お前もそろそろ幸せになれや』
暖かい眼差しを私にくれた。それ以来彼の足はこの家から遠のき、その分子供達の比重が勝利に移って行っていた。あいつはあいつで気を使ってくれているのだと思う。そんな事を考えながら子供達の尻を叩いた。
 あっという間に時間が過ぎ、五時ちょうどで子供達がテレビのスイッチを入れる。もうすぐ彼が来る。と、その時不意に鳴り出す聞き慣れたメロディー。
「勝利だ」
テレビを見ていた天仁が振り返り
「早く来いって言ってよね」
無邪気な声が弾んでいた。
「はいはい。でも本当にお父さんになって欲しかったら、そんな言い方は駄目だからね」
私は目を見開いた二人に背を向け、怒ったフリをしながらそっと部屋を出る。そして素早くボタンを押し、受信部を耳に当て
「どうしたの?」
ささやかな不安を隠しながら、努めて陽気な声を出す。
「忙しくて来れなくなった?」
そんな事も有るかもなって思った。私、無理言っちゃったから。彼は真面目なサラリーマンで、週末に残業が有るのだって当たり前。それでも我が侭を言ったのは
“金曜の夜を乗り越えたい”
それが私の願いだったからだ。素直になれなくて、お互い傷つけ合っていたあの頃の二人を乗り越えて、今の幸せをつかみたかった。
 もう私は大人なんだから、
“金曜の夜”
にこだわる意味なんてないって言う人もいると思う。その事はそれなりに分かってる。分かってはいるけれど、頭と心は違うから。勇気が無くて壊す事ができなかったあの壁を打ち壊すために、私にはどうしてもこの夜が必要だった。
 電話越しの彼は 
『そんなんじゃなくて』
鼻の先でちょっと笑っているかのように答えた。
『間に合う様に行けるけど、その、お土産は何が良かった? ほら、子供達の都合も有るからケーキがいいとか、何が良いとか。言ってもらえると嬉しいんだけど』
今ここにいるからと、そう遠くないデパートの名前を挙げられ、私の頬はほっと弛んだ。来れなくなったって話じゃなかったんだって。何となく幸先(さいさき)が良い気がして
「そうね」
思いつくままに
「花が欲しいな」
と言っていた。
 7年前の彼の手にはコンビニの袋がぶら下がっていた。並んで歩き、中に入っている冷えた缶ビールが時々私の足にぶつかり、彼は声では謝らず、ほんの少し肩を引く仕草を見せたものだった。あのカサカサと鳴る安っぽい音と冷たい感触を私は今でも覚えている。
「テーブルに飾れる様なブーケが有ったら嬉しい」
たまに街を歩いている、小さいけれど手のこんだブーケを手にした女の子。そんな子の隣りにはだいたい彼氏らしい男の子がいて、二人は時々見つめあい、隠しきれないかの様に微笑む仕草を見せる。その
“今日は二人の記念日で、これからお家でお祝いなんです”
みたいな姿を見かける度に、こんな歳になった私でも憧れを持っていた。
『そんな物で良いの?』
彼の声は少し心配そうだった。
「うん、いいよ」
だって本当にそれが欲しいから。
「気を使わなくても大丈夫。それに子供達はあなたが来てくれるってだけで嬉しいみたいだから」
そして彼は
『待っていて』
そう言って電話を切った。 
 やがて鳴らされる時間ぴったりのブザー、我先にインターホンに飛びつく子供達。
「勝利、待ってたぞ~!」
遠慮のないその声に
『待たせたかな?』
あの甘い顔が謝りながらカメラの奥を覗き込んだ。きっと彼の目は子供達を見つめている。その優しい表情に心が打たれた。彼を失いたくない。本気でそう思う。
「いらっしゃい。待ってたから」
うつむきながらドアを開けた私の目に飛び込んで来たのは、沢山のピンクのバラで飾られたフラワーバスケットだった。蔓で編まれたかごは彼の両手で抱えられ、大きさのあまり彼の顔を隠してしまい、表情を読むことができない。
「切り花だと花瓶に困るかもってお店の人が言うから、これにした」
バラの甘い香りと、飾られたリボン。いかにも
“可愛らしい女の子”
って感じで私には絶対似合わないぞってなその花の配色を覚えている。それは遠い昔、彼とした最初で最後のデートの日、私が選んだ
“ウエディングプラン”
のブーケにそっくりだった。



     戻る     鏡 TOP     続く

                 あとがき


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Date:2009/10/03
Trackback:0
Comment:4
Thema:自作恋愛連載小説
Janre:小説・文学

Comment

*

ねむいなかありがとう!
始まり部分の涼子のモノローグ
泣けました・・・・
2009/10/03 【kanon】 URL #F/BsZWm2 [編集]

* > kanon ちゃんへ

いつもコメントありがとう♪
もう、眠かったです。だから書きたかった他の事が抜けていたりして
結構書き直しちゃいました。
印象がかなり変わったと思うので、良かったらもう一度読んでみてね♡
2009/10/03 【廣瀬 】 URL #- [編集]

*

ドキドキとハラハラと。。
そして、涼子の気持ちを考えると
苦しくなりながら読みました。
男と女・・ですね~。
どっちに転がるか、涼子、やるだけのことは
やった!!ってとこがひしひしと伝わります。
2009/10/05 【tomo】 URL #- [編集]

* > tomo ちゃんへ

恋の駆け引きって言うのは、幾つになっても変わらないかも?
なんて事を思ってしまったりします。
二人にはそれぞれ頑張ってもらわないとね♪
2009/10/05 【廣瀬 】 URL #- [編集]

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