FC2ブログ

ストーリーズ・イン・シークレット

恋愛小説置いてます。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
拍手する

68 病室の風景


 自慢になるけど、私の子供達は二人ともとっても良い子だ。見た目もばっちりだけど、それ以上に優しくって素直で思いやりがあって。頭を抱える事も多いけど、それ以上にいてくれて力をもらえる。そしてある瞬間などは私が思っているよりもずっと賢く、とても大事な事を教えてくれる。それはまるで
“裸の王様”
に出て来る
“子供達”
みたいに。
 目の前の勝利はまるで扉そのものが人間ででもあるかの様な顔つきで目を凝らし、それから困った様に唇を開きかけ私を見た。こんな事、予想していなかったんだろうなって思う。思わず顔の端に浮かんで来てしまう表情を誤魔化したくて、私はうつむく。
「あの子達が助けてくれた人にお礼を言いたいんだって。だから聞いてあげて、ね? そんなに緊張する事、無いでしょう?」
勝利がごくりと唾を飲む音が病室に響き、躊躇いを伝える。だからだめ押しをした。
「子供が頭を下げたいって言って来ているんだから、受けてあげるのは大人の義務だよ」
そう、これは大人の義務だ。彼の立場がどうだからというのではなく、大人だったら果たさなければいけない社会的な役割。その思い立ちが私の背中を押していた。同時に飛び出したのは
「あんたが助けた命なんだから」
自分でも意外な一言だった。
“あんたが責任もってよね”
今、この瞬間にその言葉が頭に浮かんで来るとは思ってもいなかったし、彼に向かって言う事になるとは考えた事も無いセリフ。私は自分の言葉に動揺し、
“何を言われたのか”
まだ気がついていない印象の勝利に背を向け
「待っててね」
軽く手を振り、ドアをすり抜けた。
 二人は窓の大きな明るいラウンジでお絵描きをしていた。足早になりそうな気持ちを堪え、ゆっくりと歩く。すぐに気がついて
「ママ!」
叫びながら駆け寄って来るのは
「天仁。ここ、病院だから静かに」
そして弟のペンも片付け緊張した面持ちで歩いて来るのは
「ありがとうね、摩利」
「うん」
お兄ちゃんの方。全く違う二人。当然私とも違う。
「おじさんはね、病人だから」
あたしは二人の頭をゆっくりと撫でた。
「うるさくしちゃ駄目だよ」
「うん!」
間髪を入れずに答えるのは天仁、静かに頷くのは摩利。天仁の垂れ目と摩利の寡黙さは勝利譲りだ。
「静かに、良い子にね」
その言葉を繰り返し、私はゆっくりと二人の手を引いた。病室に辿り着くまでの数秒間、勝利に落ち着く時間をあげたいなって思ったから。それから閉まっている扉の前で少し深呼吸して、中にいる彼に私達の存在を知らせた。
「邪魔するね」
扉を開け、子供達を先に部屋に通す。勝利は頑張って起き上がろうとしていた。
“無理しなくていいよ”
と言いかけ、無理したいんだなって思って、
「待って」
彼を止める。
「ベッド、上げても良いの?」
病院のベッドは足下にある金具を回せば起き上がったりできる仕組みになっている。
「あっああ、大丈夫。今朝普通に飯、朝ご飯食べたから」
「そう、良かったね」
私はしゃがみ込みその金具を回した。
「これくらい、大丈夫?」
“ベッドを45度上げる”
その角度を私は体で覚えていた。
「あ、ありがとうございます」
言葉に詰まる勝利の事を
「このおじちゃんはね」
立ち上がり手を払いながら子供達に説明した。
「ママの昔の知り合いの人なのよ」
「へ~」
好奇心一杯の瞳で見上げる天仁に、私達を見比べる摩利。
「教えていなかったね」
私は笑いながら付け加えた。
「ママが昔働いていた会社の同僚。同じ会社にいた人なのよ。だから、知り合い」
不思議な沈黙が流れ、みんながお互いの
“距離”
を計り合っていた。
「良かったら、こっちにおいで」
最初に動いたのは勝利。
「顔、見せてくれるかな?」
天仁は私の方を振り向きかけ、摩利は躊躇う弟の手を引いて彼の懐へと真っ直ぐに近づく。そしてぺこり。摩利は頭を下げ
「弟を助けてくれてありがとう」
そう言った。
「あっ」
勝利が言葉を漏らす。釣られる様に天仁が頭を下げ
「ありがとうございました!」
追いつくその声に勝利が目を丸くした。そうだ、と思い出す。こいつは驚いた時、童話の
“しろいうさぎとくろいうさぎ”

“びっくり顔”
になるんだった。私は思わず笑いを漏らしてしまったけど、勝利はそれに気がつかず
「偉いなぁ」
そっと目を細め、見つめ合い照れ照れと笑う子供達に視線を注ぎ
「本当に、本当に偉いなぁ」
柔らかい声で話しかけていた。
『その気持ち、分かるよ』
って言ってあげたかった。私もそうだったから。昨日家に帰り子供達と事故の話しをしていて、摩利の発した
『ねぇ、ママ』
控えめな、それでいてきっぱりとした意志を持つ
『天仁を助けてくれたんだから、その人に会ってお礼が言いたいな』
の一言に、この子達を産んで良かったなぁって思った。教えなくても、本当にこの子達は優しい。そして私が子供達を連れてこようと決心できたのも、その一言があったからだと思う。親って、良い。親は子供の為ならいくらでも馬鹿になれるから。
「善い子でしょう?」
私は二人の肩をそっと押して彼の方に近づけた。子供達はもじもじしながら目配せし、
「ねぇ、痛くないの?」
痛いに決まっているのにそんな事を聞く。
「ああ、これね」
彼はギブスを指差しながら
「平気だよ」
と答えた。
「おじさんは学生の頃、自転車競技をやっていてね、しょっちゅう転んじゃぁいろんな所怪我していたからね」
「へぇ、それでも死ななかったんだぁ」
子供は残酷で不躾。
「天仁!」
しかる私に
「ご免なさ~い」
ちっとも怒っていない勝利の表情を読みとって、ふざけて返してくる。
「ねぇ、ところで君に怪我は無かったの?」
勝利は天仁の頬を撫でた。
「うん、大丈夫」
彼はにこにこと笑いながら頷いた。勝利の中に
「良かった」
言葉以上の感情が溢れていた。
「所で君たちは幾つなの?」
ほんの少し頭を下げ、子供達の視線に自分を合わせる仕草。
「六歳」
「六歳です」
彼の中で
“六年間”
が過(よぎ)ったのが目に見えた気がした。
「六歳かぁ。って事は小学校に行ってるの?」
「うん」
「学校は楽しい?」
「うん」
「何が一番楽しいの?」
「給食!」
「へ~。じゃぁさ、給食は何が一番美味しいの?」
「揚げパン!」
「僕はフルーツポンチ」
「あっ、僕もそれ!」
日頃大人に囲まれている二人は物怖じする事なく勝利と話した。天仁の大振りのゼスチャー。少し先走る会話に、フォローする摩利。
「所でおじさん、なんて名前? 僕は天仁。天の天に、人が二人」
「僕は摩利。女の子みたいな名前だけど、神様の名前からもらったって、パパが言っていた」
すると勝利は
「天仁君と摩利君か。良い名前だね」
なんて言いながら、首を傾げた。
「って事は、二人の名前は
“摩利支天”
からもらったの?」
疑う様な声に、
「うん! よく知ってるね!」
珍しく摩利が勢い良く答えた。
「“摩利支天”
って名前の武運の神様からもらったって。パパがつけてくれたんだ。格好良いでしょう?」
彼は日頃その整った容姿と名前の所為で
『マリちゃん』
と呼ばれる事が多く、私には文句を言った事は無かったけど、不満は有ったんだなって感じた。
「おじさん、よく知ってるね」
身を乗り出した摩利に
「おじさんの名前は漢字で
“勝利(しょうり)”
って書いて、
“かつとし”
って呼ぶからね。」
彼はやんわりとそう言った。
「“勝利(しょうり)”
って言うのはね、
“戦いに勝つ”
って言う意味なんだよ」
ここに来て私は初めてその事に気がついた。
「摩利支天は戦国武将が信仰した有名な
“勝利の神様”
だから、おじさんとの関係も深いんだ」
稔がつけた二人の名前はそれが本当の意味だったんだって。皮肉だけど勝利の名前の上の位の名前を付けて牽制して、それでいて縁をつなげていたんだなって。そのくせ本当の事は私には分からない様に遠回しに話し、さりげなさを装っていた稔の複雑な部分を感じていた。そんな私に気がつくはずもなく、勝利は二人の頭を交互に撫でた。
「本当に良い名前だね」
「うん」
「勝利もな」
ずに乗った天仁がため口を聞く。
「ちょっ! 駄目でしょう!」
止める私を
「良いから」
彼が制する。
「勝利って呼んでもらって構わないよ」
 それから三人で仲良くおしゃべりをしていた。不思議な光景だった。まるで稔が生きているみたいだと思った。子供達は好奇心一杯で勝利の話しを聞き、勝利は忍耐強く彼らの相手をする。話しは途切れる事なく続き、笑いがさざ波の様におこった。
 気がつくと結構時間が経っていて
「もうそろそろ行こうか。おじちゃんは怪我しているから長居すると疲れさちゃうよ」
声をかけた私に
「もう少し待って」
天仁が甘える様な声でおねだりをした。
「それにね」
彼が指差したのは真っ白いギブス。
「おまじないを描いてあげるんだ」
「はぁ?」
何を言っているのか分からない私に摩利が教えてくれる。
「ほら、智ちゃんだよ」
智ちゃんというのは二人の幼稚園の頃からのお友達。その子も先月骨折をして足にギブスを巻いていた。
「早く治るようにって、その白い所にみんなでおまじない描いたでしょう? 天仁はその事を言ってるんだよ」
なるほどって、智ちゃんのギブスに描かれたカラフルな模様を思い出す。
「でもこの人は大人だよ?」
さすがにそれは駄目だよなって思った。私は今の勝利を知らない。そのギブスに子供の絵が描かれている事が暗示する事を、彼の
“今の生活”
は喜ばないかもしれないし、一気に詰まっていく勝利との関係に戸惑いを覚えていた。にもかかわらず
「いいね、それ」
勝利は私の顔色を伺う様な顔つきで二人に話しかけた。
「二人に描いてもらえれば、おじさん、早く治ると思うよ」
「やった!」
喜んだ天仁は素早く摩利の持っていたバックから色ペンを取り出し
「何描こう!」
大はしゃぎだ。摩利は折れた腕を見つめ
「早く治ると良いね」
何かを思い出す様な顔つきで笑い。
「でもね」
勝利は少し困った様な声で
「ママに聞いてみないとね。もしかしたら時間がないかもしれない」
その言葉はクッションだ。私が
『駄目』
を言いやすい様に。
「許してもらえるか、聞いてみないとね」
選択権を持つのはこの私。三人から注がれているのはそれぞれちがう感情。それでいて六つの瞳は
“期待”
に大きく見開かれていた。


   戻る     鏡 TOP     つづく

                       あとがき



 ♪ 応援頂けると ↓ かなり! 励みになります ♪

   

       にほんブログ村 小説ブログ 恋愛小説(純愛)へ
  ▲(1回/1日)    ▲(1回/1日)  


  オンライン小説/ネット小説検索・ランキング-HONなび    ネット小説ランキングに投票!    エッチ小説ランキング
  ▲(1回/1日)       ▲(1回/1月)      ▲(1回/日)





スポンサーサイト

テーマ:自作恋愛連載小説 - ジャンル:小説・文学

拍手する

67 護符


 彼からもらったお守りの事は覚えている。紺色の小さなお守り。その大きさに対して房飾りが不釣り合いな程豪華で、沢山の円を描く錦糸(きんし)の為なのか見た目よりもずっと重く。
“義理”
私はその言葉を自分に言い聞かせていた。でもそれは勝利(かつとし)へというよりも、子供達に対してのものだった。
 子供達が大きくなった時、何かの機会に稔の実子じゃないって知る事が有るかもしれない。その時の為の、いわば
“保険”
 稔が父親じゃない。じゃぁ、誰なのか。同時に浮かぶ
『どうして?』
その疑問に対する答えを正確に子供達に教えてあげる事は出来ない。でもあの子達には
“生物学上の本当の父親”
がいて、子供達の事を否定した訳ではないのだとそれだけは伝える事が出来る様、あのお守りを手元に置いていた。
 初宮参りで行った水天宮神社。その時着ていったセレモニードレスの上にはその神社でもらって来たお守りと二人の臍(へそ)の緒を乗せ大事に仕舞っている。その箱の底、台紙を一枚剥がした裏側には白い封筒が隠してあり、その中にあのお守りを忍ばせていた。簡単には見つからない様に。
 あの中にそんな秘密が隠されていたなんて思いもつかずに過ごしていた。そのくせあの日、あのお守りをもらって来たその日に稔がその事に気がついたって事を感じていた。彼はそう言う男だ。あの日の私が勝利の事を
“受け入れられない”
事を知っていて、自分だけの秘密にしてくれていた。その事に行き当たり、一瞬でも稔を責めた自分を恥ずかしいって思った。だから
「彼はなんて?」
稔の本心を確かめたかった。勝利は
「俺が君に話してしまった事をご主人には内緒にしていて欲しい」
と言い添え
「彼はね」
一瞬目を細め、綿菓子を楽しむ子供の様な不思議な表情を浮かべた。
「彼はね、俺に聞いたんだよ。涼子の事を愛しているのかって」
私は耳を疑った。愛? 愛なんて。例え私達が
“愛し合っていたからすれ違ってしまった”
のだとしても、起こってしまった事は変わらない。そこにどれほどの愛が有ったとしても、それを問うても何にもならない。時間は戻せない。失った愛の
“本質”
は戻らない。稔はその事を知っているはずだった。それなのに、なぜ?
「俺は迷わずに答えたけど、君のご主人は笑った」
勝利はそんな私に気がつかずに先を続けた。
「笑ったんだよ」
と。勝利がどう答えたのか、それは彼の表情で分かった。きっとあの目で、真っ直ぐに
『愛している』
そう言ったのだろう。
『やり直したい』
その声が今でも聞こえる様だった。
「俺は必死だった。第一、どうして彼が来たのか分からなかった。涼子に何か有ったのかもしれない。子供に何か有ったのかもしれない。彼が涼子に見きりをつけたのかもしれない。考えるよりも早く答えてた」
彼の声色がその事を
“期待していた”
と物語る。でもそれを打ち破ったのは稔だった。
「彼は俺に向かって、
『本当に愛しているなら、恥ずかしくない人間になってくれ』
って言ったんだ。
『産まれた子供にも、涼子にも。もしかしたら再び巡り会う事が有るかもしれない。その時に、君が父親で有る事を子供達が恥ずかしいと思わない様に』
ってね」
あまりにも稔らしい言葉だと思った。
「あの時の俺は荒れていて、誰が見ても駄目な人間になっていた。毎晩酒飲んで浮腫んだ顔して。タバコの匂いが染み付いて、見た目も気にせずに。よれたスーツに同じワイシャツを何日も着ていた。眉間にしわを寄せ、不機嫌で。誰彼構わず当たり散らして。そんな俺の事、その人は分かったみたいでさ。俺は目が覚めた気分だった。そうだよなって。もしかしたら大きくなった子供達に会える日が来るかもしれないなって。それに東京は広い様で狭いから、何かの偶然で涼子にまた会うかもしれない。その時に、惨めな俺を見せちゃ駄目だって思った」
彼は深いため息の後、再び話しを続けた。
「負けたって思った。涼……君のご主人には。君のご主人には父親になる覚悟が有った。人生で何を捨てて何を守らなければいけないのか、それを迷わずに選択する勇気があった。彼は俺に会いに来る必要なんかまるで無いのに、あえてそれをした。君や子供達の未来の為に。そんな人と巡り会えた君を幸せだって思ったし、だからこそ俺は、俺は……二度と君の前に姿を現さないって、心に決めた」
彼はその表情を隠すかの様にマスクを取り上げ、左の掌で顔を覆った。ぱたぱたと医療スタッフが走り回る音。聞こえて来るアラーム。その慌ただしい外界の中で、私達二人は奇妙な静寂の中にいた。とその時、
「あのう、済みません」
パーテーションの隙間から顔の小さな看護師さんが顔を覗かせ
「申し訳ないのですが」
と目配せをした。
「今、急変が有りまして、ご面会を中断して頂きたいのですが」
ここは救急で、高音のアラームが
『危険だよ、危険だよ』
叫んでいる。
「分かりました」
私はすぐに頷いた。勝利は死なない。生きている。今の私にはそれで十分で、その上彼は逃げるに逃げられない。目を覆ったままの彼に小さく
「さようなら」
を言い、私は背を向けた。すると
「近くに住んでいたんだ」
彼は声を絞り出した。
「君たちがよく遊びに来る公園。あの角のコンビニで君たちを見かけた。そこからすぐの所に会社の借り上げマンションが有って、俺はそこに住んでいたから、だから……!」
私はその先を聞かず、
「また来るから」
とだけ言い残し、部屋を後にした。

 その夜、私は一人押し入れの奥にある小さな箱を取り出し中身を広げていた。
「ちいさいなぁ」
摩利と天仁のお揃いのセレモニードレス。こうやって見るのは何年ぶりだろう。小さな靴。ボンネット。今の子供達の身長は125センチあり、小学校一年生にしては大きい方だと思う。だからこんなに小さく産まれた事が今更の様に不思議に思えた。時間が経つってあっという間。ぎゃぁぎゃぁわめきながらジョージの押してくれた荷台に乗って運ばれたのがついこの間の事みたいだ。
「笑っちゃう」
あの瞬間、痛みで死ぬかと思ったけど、今じゃすっかりそんな事忘れていて。それよりも子供達の
“今”
に頭を悩ませている方が大きかったりする。
 そんな事を思いながら箱の一番底に手を伸ばし、一度も中身を見た事のないお守りを手に取った。7年前。この中には7年前の勝利がいる。そう思うと知らず知らずのうちに涙が浮かんでしまった。
 私はこれを
“形見”
だと思っていた。それはまるで勝利の骨の断片だ。火葬され、霧になり。ころりと残ったちいさな
“仏様”
私にとって子供達に見せる事の出来る
“実の父親”
はこれだけのはずだった。
「馬鹿だね」
自分に向かってそう言いながら、固く締まった口紐を引っ張った。中から出て来たのは神社の名前の入ったお札と、彼が言った通り、白い紙。二通。
 一枚目にその文字は書かれていた。黒い墨の様な色合いを含んだ万年筆。几帳面に、丁寧に書かれた筆跡。初めて見る彼の文字。大きく書かれた
“余田勝利”
の名前。それから彼の東京の住所に石川県の地名。それは彼の免許証に有った本籍地。実家だ。
「そっかぁ」
私は丁寧に携帯の番号まで書いてあるその字をゆっくりと指でなぞった。そこに有るのは
“余田勝利”
にまつわる事実だけ。子供や私に向かって
『自分が父親だ』
と主張する言葉は一つも無く。あまりにシンプルなその画面に、だから稔は会いに行く気になったんだって思った。
 もしあの当時の私がこの紙に気がついていたらどうしていただろう。そんな事をふと思う。きっと自分のため、稔の為、迷わず火に焼べ(くべ)永遠におさらばしていただろうなって。
「稔ってやっぱ凄い」
私の行動を見越し、私には内緒であいつに会いに行ったのが分かるから、彼の存在に今更の様に感謝した。
 それからもう一枚。私を待っていたのは薄い紙に書かれた
『僕は君たちを愛している』
見慣れた稔の筆跡。名前。彼の一言に込めた思いを私は噛みしめた。誰も傷つかない様に。このお守りを見つけてしまった誰かがその名前を見て我を失わない様に。私が苦しさにまぎれてこれを捨ててしまい、子供達につなぐ糸が途切れてしまわない様に。そこにたくした稔の気持ちの大きさに、果てしなく感謝した。

 あれから私は救急の病室を出て、待合室で勝利のお兄さんを待った。待つ事10分程度で現れたその人は、私の知っているある人にそっくりだった。彼はとても丁寧に頭を下げ
「お世話になりました」
落ち着いた口調でそう言った。
「あっ、いいえ」
動揺を隠せない私は下を向き、彼は静かに私の言葉を待った。
「あの、済みませんでした」
気がついたら両方の拳が固く握られていて、全身に力が入っていた。
「電話でお話しした通り、私の、子供を、余田さんが助けてくれたんです。先生からまた詳しい話しを聞いて欲しいんですけど、命には別状無くって、とりあえず安静にして様子を見るみたいです」
すると彼は明るい声で小さく笑った。
「勝利(かつとし)は強い男です。なにしろ“しょうり”ですからね」
本当におかしな名前。ここは笑いどころだよなって自分に言い聞かせ、私も小さく笑った。そう、これは
“笑い事”
だ。でもそんな私の気持ちは長くは続かなかった。
「あの、これ。御預かりした貴重品です」
もしかしたらこの人が財布の中にある私の写真を見るかもしれない。そう思いながら一式の入った紙袋を押し付ける。
「じゃぁ、また」
子供の命の恩人の家族。それが彼で、その割に私は素っ気なく、むしろ薄情な程の素早さで病院を後にした。

 それでも、それでも。糸は繋がっている。

 その次の日の午後、私は悩んだ末に勝利の面会に行った。彼はすでに救急から整形外科の病室に移されていて、ほんの少したらい回し。でもそれをひっそりと喜ぶ私もいた。
「ご面会の方ですよ。」
何も疑わずに私を個室に通した看護師さんの向こう、ベッドに横になっていた勝利が頭を上げ、私を認め息を飲む。
「良くなったみたいね」
それでも彼の右手は宙に浮き、釣り上げられたまま。
「あっ、ああ」
彼は明らかに動揺し、私から目をそらした。露骨に勘違いしている感じの看護師さんは
「どうぞごゆっくり~。」
なんて言って部屋を出て、その扉をぴっちりと閉じた。遠ざかる足音を聞きながら
「約束だから」
ずいぶんと血色の良くなった彼に声をかける。
「また来るって言ったよね」
本当はそれだけじゃないけどね。私はそっと彼の近くに歩を進めた。伸び始めた無精髭とくしゃくしゃの髪。
「お礼を言うの、忘れてたから」
勝利は何かを言いかけ口を開き、また再びぎゅっと唇に力を入れた。その後に、小さく
「もう、良いよ」
と言った。
「俺は平気だし、君にお礼を言われたくてした訳じゃない」
だから
「本当に」
本当に
「あんたって馬鹿ね」
そんな言葉が私の口から飛び出した。
「私がお礼を言いたいんじゃないのに」
彼はぼんやりとした表情で頭を上げ、次の瞬間その瞳孔を小さく絞った。
「まさか?」
彼は
“大正解”
「その“まさか”かもよ」
私は肩越しにそっと廊下の方へと目配せをし
「嫌じゃなかったら」
と頷いた。


   戻る     鏡 TOP     つづく

               あとがき


 ♪ 応援頂けると ↓ 励みになります!! ♪

           にほんブログ村 小説ブログ 恋愛小説(純愛)へ
  ▲(1回/1日)    ▲(1回/1日)  ▲(1回/1日)


  オンライン小説/ネット小説検索・ランキング-HONなび    ネット小説ランキングに投票!    エッチ小説ランキング
  ▲(1回/1日)       ▲(1回/1月)      ▲(1回/日)




テーマ:自作恋愛連載小説 - ジャンル:小説・文学

拍手する

66 コンタクト


 パーテーションで仕切られたアルコールの匂いのする広いフロアの片隅に彼はいた。薄い水色のガウンに包まれた彼はまるで蝶のさなぎを私に思い出させてくれる。死んでいるかの様に、でもその内側は息づいていて。透明な酸素マスクのその内側には彼のゆっくりした呼吸に合わせて白く霧ができる。
“すぅ、はぁ”
と。その
“生きている”
証拠が痛々しく。それでも彼が向かう先に
“死”
は見えない。血糊のこびりついた髪の毛の生え際、かすり傷の頬。それから時々動くのど仏。まるで私の存在に気がついたかの様に閉じられたまぶたがぴくりと動き。上手くは言えないけど、確かに彼は生きている。勝利が目を開けた瞬間、そこには痛みやこの圧迫した空間が広がってはいるけれど、奈落の底を覗き込む絶望感は無い。多分彼はその事に気がつかず、起きてしまったこの悲惨な状況を嘆くと思うけど、私は知っている。彼は死を逃れた。その幸いがいかに大きいか、私は経験的に知っていた。
 その時突然三つ向こうのブースで激しいアラームの音が聞こえた。あまりにいきなりで私は飛び上がってしまったけど、その一方で医師も看護師もため息まじりで奇妙な落ち着きを見せていた。
「もう限界ですかね」
響いた呟きと、処置をする金属音。
 勝利に目を戻すと彼の心拍数は66のまま緩やかなリズムを刻んでいた。もしかしたら。その起こらなかった現実に頭の中がぐるぐると回った。もしかしたら今頃、勝利は別の場所に安置されていたかもしれない。もしかしたら。勝利と並んでその隣りには天仁がいたかもしれない。その
“起こらなかった事”
に感謝をしながら、でも目の前にある犠牲の大きさは変わらず私の胸にのしかかって来た。

「ご心配されたでしょう」
柔和な顔のその人はまるで私の不安を熟知しているかの様にそう言った。
「でももう大丈夫ですよ。それに命に別状は有りませんから」
そして微笑みさえ浮かべた。
「頭を打ち付けて切っていていますから血が沢山出ている様に見えますが、中の方は大丈夫そうです。現在の所CT画像上に異常は有りません」
紙袋の中から取り出されたフィルム。後ろから照らされる壁にかかったボード。
「分かりますか?」
見せられたそれを頭の写真だって事以外まるで分からず
「はぁ」
と頷き
「キレイです」
の言葉を聞く。
「これは頭の中の映像でして。見ての通り、余田さんの頭の中に現状的に異常を見つける部分は有りません。ただここ」
その人は円の一番外側の膨らみを指し
「ここはいわゆるたんこぶだと思って下さい」
と言った。
「頭蓋骨の外ですし実際ここは切れてしまっています。ですがこの場合、心配なのは反対側」
円の対面を指し
「頭を打った場合、打った場所の反対側の脳が潰れる事が怖いのです。ですが今現在、腫れて来る兆候は有りません」
そこでふと私の顔を覗き込んだ。
「大丈夫。亡くなったりはしませんから」
私の顔、どんなだったんだろう。
「はい」
答えながら体の緊張が取れる事は無かった。医師はさも分かった様な表情で続ける。
「受傷後24時間は安静にして要監視下に置きますが、それ以降は整形外科で治療を受ける事になります」
それによると勝利は右の肩と右の腕、それから右の肋骨にヒビが入っている状態らしい。飛び出した天仁と、あの子を抱え守ろうとする勝利。目に見える様だった。天仁の体に腕を回し覆い被さりながら、体を低くし、右の体で車の衝撃を受ける、わざと。あの子のクッションになれる様に。抱え上げる余裕が無いから、いっその事とその体を犠牲にし。
「どうしても安静が必要なのでギブスを巻いていますが、1週間で外す所まで行くと思います。」
医師はそんな私に気づかずにっこりと笑った。
「24時間経過しないと絶対に大丈夫だとは言い切れませんが、今の時点では安心してもらって良いですよ」
その落ち着いた口調に
「ありがとうございます」
他に言葉がなくそう言った。視線が下を向き、診察室の薄汚れた床を見ながらふと医師が履いているスリッパに目が留まる。僅かな血の跡。つまり、最初はこの人が話す位安定した状況ではなくて、やっぱり彼は死ぬかもしれないって状況だったんだって思った。ただ紙一重。彼は助かって、こっちの側にいる。その幸運にはたと気がつき、
「もう面会できますよ」
と眼鏡を直しぺたぺたとスリッパをならしながら立ち去るその後ろ姿に
「ありがとうございます。」
私はもう一度、深く頭を下げていた。
「助けてくれて、本当に、ありがとうございます。」
涙で目の前が潤むから、その頭を上げる事は出来なかった。

 彼は生きている。その安心感に包まれたのもつかの間。まるで冷凍保存されている人間みたいに彼は動かない。それは私に
“脳死”
という言葉を連想させてくれた。でもさっきの看護師さんの言葉によると、意識はきちんと戻っていて、多分今は疲れて休みたいのだろうとの事だった。だから見るだけにして欲しいと。
 話しかける? その事に私は疑問を感じた。だって、話しかける言葉が無いから。
『大丈夫?』
なんて、声をかける? それはおかしい。だって、大丈夫じゃない事位、分かってるし。
 私は何も考えないまま、それでも彼の顔を見たいと言う気持ちは押さえきれず、足音を消しながらそっと近づく。昔よりも肌の色が少し黒くなり、眉毛も心持ち太くなっている。それから右側の口元にだけそれと分かるしわが有り、
『勝利』
思いがけずそう呼びかけそうになり口をつぐんだ。私達の縁は切れていて、こうやって彼が天仁を助けてくれたのは本当に偶然で、お互い元の
“関係のない関係”
に戻るのが、もしかしたら一番の幸せかもしれないと感じたからだ。彼は私がここにいる事なんか知らない。何も言わずに私が去ればこの人が私を思い出す事も無いだろう。彼の規則正しい寝息を聞きながら今日はこれで引き上げるのが良いのかもって思った。ついさっき勝利のお兄さんと名乗る人からメールが有り、あと30分程で病院に着けると言う。その人に貴重品を返し、私の事は言わないで欲しいと言って帰れば良い。そう決めて私は体を引いた。その時、不意に彼のまぶたが持ち上がり、ぼんやりとした瞳が私を捉えた。
「涼子?」
マスク越しで怪しいけれど、彼の声は確かにそう聞こえ。
「済まない」
私には理解できない言葉が彼ののど元から絞り出された。
『済まない』
と。それはどんな意味が有るのか、何が済まないのか、私にはまるで分からない。立ち止まり唖然としながら彼を見つめるけれど、その顔を覆う酸素マスクの中は白く濁っていて表情が読めない。思わず首を傾げてしまった私に、勝利は緩慢な仕草で左手を持ち上げ酸素マスクを外すと、もう一度、今度ははっきり聞こえる声でそう言った。
「済まなかった」
その目は真っ直ぐに私を見据え、自分が何を言っているのかはっきりと分かっての事だった。
「嘘でしょう」
迷いの無い彼に対して、私の方は正反対で彼の本心が分からず戸惑う。その気持ちが表情に出てしまったんだと思う。
「二度と会わないって約束したのに」
小さな声が追いすがる。
「済まない」
と。それは最後の日にした決め事だった。この期(ご)に及んでも彼はあの日の約束を守る事に決めているらしい。
「だから、ゴメン。」
彼の指先が酸素マスクから外れ、疲れた様に胸に落ち。それでも彼はその先を続けようとした。
「涼子に謝らないといけない」
もういいからって思った。本当だったら
『子供は無事か?』
って聞くものだと思った。折角自分が助けたんだ。助けたくって助けたんだから、あの子の事が心配なはずなのに、それなのに彼は私の事を言う。
『済まない』
と。そんな事どうでも良いって思った。
「あんたって、本当に馬鹿ね」
思わずそう言って彼の方に歩み寄る。するとほんの60センチ先の彼の顔が
「そうだね」
と言い唇を噛んだ。勝利のまぶたは膨れ上がりまるで涙をたたえているかの様な表情で。でもそれが表面に湧き上がる事はなく、まるで泉の様にせり上がったそれは彼の体の内側に向かって流れ込む様に落ちてゆく。その表情を私はどこかで見た事が有ると思った。その記憶を探り、ある木像に辿り着く。阿修羅像だ。しばらく前にテレビや雑誌をにぎわせた国宝の阿修羅像。私は街で展覧会のポスターを目にしてことぐらいしかなく本物を見た訳じゃないけれど、今の勝利は人間を越えてしまった人間で、そのくせどうしようもなく人間だった。
 しばらくの沈黙後、彼はゆっくりと口を開いた。
「馬鹿は死んでも治らない」
そんな冗談、聞きたくなんか無い。うっすらと笑いを浮かべた彼に、私は大きく首を振っていた。
『ヤメてよ』
でもそれが言葉になって出て来る事はなく、ただ首を振っていた。
「涼子に」
彼は私を見上げながらそう言いかけ、ふと言葉を止めた。そして
「君に」
言い直し、思いもよらない告白を始めた。
「本当に二度と会えないと思うから、話すよ」
と。
「俺、子供達の事、知ってたから」
そんなの、どうでも良いって思った。というか、知ってたんだろうなって予感は有ったし。でもそれに続いた言葉は予想もしていない一言で。
「君のご主人から聞いたから」
「それって……」
「稔さん、だっけ?」
勝利はふっと遠くを見る様な目つきをしたかと思うと、再び視線を私に戻し先を続けた。
「君は幸せだね。あんなにいい人と結婚できて」
彼が何を話し始めたのか私には理解でできず、ただそんな事、有り得ないって思った。
「嘘」
稔というその名前にうろたえ言葉を詰まらせる私に
「子供が産まれたとき、君のご主人が俺に連絡をくれたんだよ。会いたいって」
勝利が静かに告げた。
「嘘」
同じ言葉を繰り返し、なぜかその事を否定したいと思った。それは稔が裏切ったと感じた所為かもしれないし、私の知らない所で稔と勝利がつながってなんかいて欲しくないと思ったからだと思う。それなのに彼は私の言葉を無視したかの様に話しを続けようとするから
「第一、どうして稔があんたの事を知っていたの? 何で稔があんたになんか連絡するの?」
まさか稔が興信所とか使って彼の事を調べたとは思えない。もしそれだったら必ず私に相談したはずだって確信が有った。だからそれはおかしいって指摘したつもりだった。すると彼は慌てるでもなく、それでも目を逸らし
「お守りに」
と言った。
「君に渡したお守りの中に俺の住所を書いた紙を忍ばせていた。君のご主人はそれに気がついて俺に連絡をくれたんだよ」
「そんな事、稔は一言も言わなかった」
たった一言も。
「うん」
彼は細く深いため息を漏らした。
「彼もそう言っていた。君には内緒だって」
ここに来て初めて稔に裏切られた、そんな気がした。


     戻る     鏡 TOP     つづく


               あとがき           


 ♪ 応援頂けると ↓ 励みになります!! ♪

           にほんブログ村 小説ブログ 恋愛小説(純愛)へ
  ▲(1回/1日)    ▲(1回/1日)  ▲(1回/1日)


  オンライン小説/ネット小説検索・ランキング-HONなび    ネット小説ランキングに投票!    エッチ小説ランキング
  ▲(1回/1日)       ▲(1回/1月)      ▲(1回/日)




テーマ:自作恋愛連載小説 - ジャンル:小説・文学

拍手する

65 思い出の残像


 乗り込んだ救急車は渋滞の都内をぎこちなく走った。救急車の中ってサイレンあんまり聞こえないね、なんてことを考えながら私は典子の電話番号を押す。
「ご免、休みの日なのに」
応える彼女の声は朗らかで
『良いよ~、それよりさぁ、私も話しが有ったんだよね~』
なんて話しを始められそうになり、
「悪い」
素早く遮る。
「旦那と代わって」
だって目の前の担架に横たわる勝利はぐったりしていて目も開けず、その首にはがっちりとしたプラスチック製の首輪みたいなのがつけられていて。目を反らしていてもヤバい事がよく分るから。
「大変な事起きたから、すぐに青山と代わって」
気味が悪い位冷静な声が私の喉から漏れ
「勝利が」
言いかけて口をつぐむ
“死ニカケテイル”
そんな事、言葉が現実になるって有りそうで、口が裂けても言えない気がした。
『なに、勝利って?』
彼女は一瞬分からないって声を出し
『あっ!』
小さく息を漏らし、慌てて
『大丈夫?』
物凄く心配そうにそう言った。何が大丈夫かなんて今の私には分からない。
「とにかく、青山、出して」
慌てて彼を呼ぶ典子の声、それから
『おう』
相変わらず能天気な返事。私はそれにイライラしながら
「勝利、家族は?」
って聞いた。
『何だよ、急に』
こいつの鈍すぎる反応に腹が立つ。
「怪我したから。交通事故。だから早く家族に連絡して」
彼の指に指輪はなかった。でも迂闊な事は言えない。結婚しているかもしれないし、子供だっているかもしれない。私がそうである様に、今の彼にも守るべき家族がいるかもしれない。
「勝利、今救急車の中で病院向かってるから。あんた今でもこいつと同じ会社なんでしょう?」
『あ、ああ、ああ。って、どうしたんだよ、何が有ったんだよ。交通事故って、何だよ』
急に電話向こうが騒がしくなりその慌てる雰囲気が私に伝染しそうで何とか距離置こうとした。私は落ち着かないといけないんだから。
「後で話すから。今はとにかく家族に連絡して私の携帯に電話する様に言って。急いで!」
無駄に話すと気持ちが弱くなりそうで、それだけ言って電話を切った。本当はなんて言えば良かったんだろう、そんな事を考えていると
「ありがとうございます」
救急隊の人がさもありがたそうに頭を下げた。
“別に”
って思った。別にお礼を言われる事なんかしていないじゃんって。
「こういう時、出来るだけ早くご家族の方にお知らせしたいものなんですよ。心情的な部分も有りますけど、手術とかになった場合、同意が必要になりますからね」
微妙な苦笑いに
「そうですか」
思わずうつむき、横たわる勝利を見た。何年ぶりかなって考え、子供の年齢プラス1年だって思う。6プラス1。7年。蛇腹の様に折り重なった悪夢がふと目の前に広がり、一瞬頭の中が真っ黒になる。でもそれが全て
“過ぎた事”
なんだってすぐに悟った。
 酸素マスクをしてぐったりしている勝利。血だらけのその顔でも彼はあいかわらずハンサムで、こんな時だって言うのにごく普通のボタンシャツが物凄く似合ってた。こうやって見下ろしていると私と同じ年だって思えない位若くって、あいかわらずモテてるんだろうなって思う。それでもその目尻に浮かぶ細かなしわに彼なりの人生を送って来たって事も感じる。
 どういう経緯で天仁の事助けてくれたのかは分からないけど、勝利が命がけであの子の事を守ってくれた事は確かで、彼が今でもそう言う人間だって事をあの子が助かった事同様に嬉しいって思った。

 彼の兄だと名乗る男の人から電話がかかって来たのは、勝利が病院に運ばれてすぐの事だった。
『何が有ったんですか?』
焦っておかしくないはずの状況でその声は妙に落ち着いていた。
「く、車にひかれたんです」
私は知っている事を全部話した。私の子供を助けようとした事も、頭から血を流し気を失った事も。それなのに
『大丈夫ですから』
彼はむしろ私を落ち着かせるかの様に言った。
『勝利は大丈夫です』
その自信がどこから来るのか分からなくって、でもそれがとってもありがたい事の様に聞こえ
「はい」
遠く北陸にいるというその人に届く様に
「私もそう思います」
携帯に向かって頷いていた。

 少ししてから警察の人達が
“事情聴取”
をしにやって来た。でも結局私はひかれた場面に居合わせた訳じゃないって事が分かると
「それではできるだけ早くお子さんと話しをさせて頂けますか?」
って言われ、子供達を任せていたジョージに電話で事の次第を告げた。彼はそれなら警察まで子供を連れて行くからと言い、その人達は潮が引く様にいなくなった。 
 がらんとした待合室に独り取り残された私。ふと気がつけば携帯以外何一つ持っていない。静かすぎるこの空間で、ともすれば恐ろしい事を考えそうになる。今こうしている間に勝利が死んでしまったかもしれないと。頭の中を心肺停止のアラーム音がかすめ、呼吸器をつけられた勝利を上から見ている気分だった。おかしいね。たった1時間前の私は彼の事をすっきりと忘れた人生を送っていたんだから。この過ぎてしまった7年間の間、私はむしろ彼の事を考えない様にして来た気がするから、もしもその間に彼が死んでいたとしても当然私は気がつく事もなくいつもの生活をしていたんだと思う。それなのにこんな有り得ない様な偶然で再び巡り会うなんて思いもよらなかったし、どうでも良いから勝利に、子供達の本当の父親に死んで欲しくないって思ってた。
 そんな事を考えていると小さなノックの後、
「あの~、余田勝利さんと一緒にいらっしゃった方ですよね。」
小柄な看護師さんがドアの隙間から顔をのぞかせた。
「はい、そうです」
思わず立ち上がり
「彼は無事なんでしょうか」
彼女に詰め寄っていた。
「あの、そう言う事ではなくて。貴重品の受け取り、お願いしたいんですけど。」
こんな時にこういう仕事をする看護師さんもいるのかよって、どうでも良いから勝利助けてよって考えが頭の中をよぎる。でも仕方が無い。人が沢山いれば助かるなんて事無いんだしね。カッカしていて大人げない自分が馬鹿みたいだ。
 貴重品の受け取りだから私は家族じゃないのに良いのかなって思ったけど、看護師さんは当然みたいな顔をしているから、素直に書類にサインをして財布を受け取った。その人は部屋を出る時、思い出した様に振り返り、
「今、CT検査に行っていて、脳の状態調べていますから」
そう告げた。
「詳しい事は後で医師から話しが有りますが、検査次第でどうなるか分からないので、今しばらくお待ちくださいね」
それは結果的に
“まだ死んではいない”
って事しか私に教えてはくれなかったけど
「ありがとうございます」
部屋を出て行く彼女に頭を下げていた。
 そして再び訪れた沈黙に行き場を失いながら、何気なく彼の財布を眺めていた。その財布には見覚えが有った。
「物持ち良いなぁ、あいつ」
思わずそう呟き、ずいぶんと年季の入った革の表面をそっと掌で撫でてみる。薄暗がりのラブホテルのロビー、取り出される千円札と馴染みの店のポイントカード。物凄く貧乏臭くってリアルな思い出。それでもあの瞬間はそれでも良いって思ってた。遊びじゃないと手に入らないって信じていた幸せの断片が割れた鏡の様に私の心に突き刺さる。
「ご免ね」
今更言っても遅いけど。私達は薄く張った氷の池の上をダンスしていた、そんな気がする。分かっていてした事で、だからこそもし相手を大切だって思ったら一刻も早く止めないといけないゲームだったんだ。その時
「あっ!」
手元が滑り、落ちた財布の中身が飛び出し床に散らばった。四方に飛び散る薄い紙。
「やっちゃった」
それはコンビニのレシートにビデオ屋のカード、免許証。小さな写真の中の彼は少し緊張気味の顔つきに似合わないネクタイ。7年前の勝利とあまり変わらない気がした。少し垂れ気味な目元と、整った唇。表情が優しくて、どちらかと言うと女顔。あたしはその面影をいつも天仁の中に見ていた。誤摩化し様にも誤摩化せない親子の特徴がそこには有って、悔しいけど、子供は父親そっくりだった。
「参っちゃうね」
彼の本籍地は石川県。誕生日は7月7日。もうすぐだ。しかも七夕だし。そんな事、一度も話した事無かったね。そして現住所は私達がよく遊びに行くあの公園のすぐ近く。もしかしたら今日会ったのは偶然じゃなかったかも、そんな事を思いながら残りの紙を拾った。その中に、何だか彼にそぐわないものが有った。ぽち袋みたいな大きさの真っ白い封筒。それは結婚式で使われる様な立体的な模様が刻んであって、これが勝利にとってかなり特別なものだって教えてくれていた。
「何だろう」
見ちゃいけないって分かってて、でも好奇心に負けてそっと中身を取り出した。それは見覚えの有る写真。
「これって……」
そこにいたのは真っ白いウエディングドレスを着た私。夜会巻きの髪にピンクの造花のブーケ。真っ直ぐこっちを見つめるはにかみ笑い。でも私がこんな格好をしたのはたった一度しかない。あの成田での偽デートの時だけだ。見覚えのあるその画像。懐かしさよりももっと、何か込み上げて来る想いに胸が詰まりそうだった。
「私、綺麗だったじゃん。」
手の中で笑う26の私。真っ白いリボンテープのウエディングドレス。嘘つきの私。頑張って笑って、幸せ演じている私。そんなつもりなんか無かったけどさ、涙が込み上げて来たよ。あの時の写真はこれよりもっと大きくて、だからこれが別にスキャンして焼いた写真だってすぐ分かる。
「何でだよ。」
何でだよって。勝利は私にとって過去の男だった。それなのに、ああって。彼は私の事、まだ愛していてくれたんだって。彼の指先がそっと写真の中の私の頬を撫でている、そんな気持ちが痛い程伝わって来る気がした。

 面会の許可が出たのはそれから3時間もたってからのことだった。




    戻る    鏡 TOP    つづく

                         あとがき


 ♪ 応援頂けると ↓ 励みになります!! ♪

           にほんブログ村 小説ブログ 恋愛小説(純愛)へ
  ▲(1回/1日)    ▲(1回/1日)  ▲(1回/1日)


  オンライン小説/ネット小説検索・ランキング-HONなび    ネット小説ランキングに投票!    エッチ小説ランキング
  ▲(1回/1日)       ▲(1回/1月)      ▲(1回/日)


テーマ:自作恋愛連載小説 - ジャンル:小説・文学

拍手する
 

プロフィール

廣瀬 るな

Author:廣瀬 るな
恋愛小説書いてます。
人間らしい感情が好き ♥

最新トラックバック

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

FC2カウンター

検索フォーム

ブロとも申請フォーム

QRコード

QRコード
  1. 無料アクセス解析
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。